主人公は中学の国語教師。政治家の娘と結婚を前提に交際しており、いずれは教師を辞めて政治家を継ぐつもりでいる。本人はもともと小説家を志していたが、鳴かず飛ばずで、半ば仕方なく教職に就いたという過去を持つ。自分は有能だと思い込んで周囲の人間を見下す傾向にある。 ある時、市の教育長の娘が書いた読書感想文に盗作疑惑が掛けられる。主人公は、その感想文の指導をしていたという立場から、この問題の責任者に祭り上げられる。中学校教諭としてただでさえ多忙を極める中、校長のスピーチの草稿を書かされ、保護者会で槍玉に挙げられる主人公。婚約者とその父には、問題解決を通して、政治家としての資質を容赦なく値踏みされている。主人公は次第に追い詰められていく。 主人公が自らを山月記の虎になぞらえる場面が何度も出てくる。あの虎が人間に戻れないように、この物語の主人公にも救いはない。ラストシーンのモノローグは「叫んだ」のではなく「咆えた」と表現され、彼もまた李徴のように、後戻りできない「虎」に変じてしまったことが暗示されている。 山月記は好きだが、この物語の場合、主人公の境遇に救いが無さすぎて、読み進めるのがとても辛かった。面白かったけれど、多分二度は読めないと思う。
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