武装では私達は中国人の教師が受けもつ二倍の授業を受けもたされたが、それは彼らより配給 食糧が多いからだと説明されて驚いたものだ。私達は食糧の多寡でもって体力の度合いを計るの にはとまどいを覚えた。しかし中国では食事でのエネルギー摂取量が一般的に低いので、個人の 体力は直接的に(かつ公的にも)食糧の消費量に関係してくるのだ。シァオ・ワンの話を聞いていて、武漢大学の体育の教師のことを思い出した。米の配給量が普通は三〇斤なのに、彼らは三八斤だから体力があるといって同僚の羨望の的だった。生徒連が試験中に余分のエネルギーを使うために、どれだけの肉や野菜の"両”(重量の単位)が必要かと議論していたのを思い出す。それが高度への適応力にも影響することは間違いない。中国中央部からチベットに戻って普通の状態に慣れるのに六カ月はかかるとスイも言っていた。 ビクニックの三日目、"ショトゥン"が始まった。僧侶達は夏に生まれた幼虫を踏み殺すことがないように何週間もお寺にこもる。ショトゥンはこのおこもりの終わりをつげるお祭りだ。そ吉村昭 の始まりは十六世紀で、山から下りてきた僧侶を俗人がヨーグルトで接待する習わしだった。それが後に夏の歌劇と合体し、ヨーグルトの接待は芝居に道を譲ったのだ。
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