前書きなど
本書は私の個人訳によるドイツ語圏演劇翻訳シリーズの第1巻として2014年10月に刊行された。当初は研究書的な意味合いが強く、ゲーテがブレヒトをはじめとする20世紀演劇にどのような影響を及ぼしているのかを探るなかで生まれた。できるだけ多くの人にドイツ文学・演劇の良さ、面白さを知ってもらい、日本中にドイツ文学を広めたいという願いが出発点にあった。射程は二つあった。1.翻訳を上演と結びつけ、劇場でドイツ演劇を楽しんでもらう。2.読者層を広げ、ドイツ文学の愛好者を増やし、合わせて研究者を育てる。こうした目的を満たすために、シリーズは日本語とドイツ語(原文テクスト)を見開きで並べ、対訳形式にして読んでもらうという、新しい形式をとることになった。ドイツの作家が多くの時間と労力を費やし、作りあげた韻文テクストの多くが、日本では散文として出版されているという現状を打ち破るためにも、必ず行分けをして、テンポとキレのある翻訳に仕上げたいと常に願ってきた。そのため行番号も入れ、二言語を対照しながら読めるようになっている。
新しい試みのもとに刊行された第1巻は、ドイツ語学習者や研究者のみならず、演劇好きや海外文学に興味を持つ人など、さまざまな方面から大きな反響を得た。そうしてますます多くの人に手軽に読んでもらいたいという思いが強くなり、B5変型判という大きな判型で出された創刊号に対して、第2巻以降はペーパーバックとして出版することになった。第4巻まで刊行は順調に進み、[…]少しずつこのシリーズが知られるようになった。今ではドイツ演劇が日本語で手軽に読めるということで、ふつうの文庫本・新書本の感覚で多くの読者が戯曲を楽しんでくれている。読者層は確実に広がっており、当初の願いは実現されつつある。そのことから、第1巻も版型をそろえようということになり、本書の刊行に至った。
(市川明「改訂にあたって」より)