目次
まえがき
第1章●全国ムラづくり・まちづくりレポート
あなたのムラ・まちは生きているか
・村の農地をみんなで使う一村一農場化
(長野県宮田村●1990年5月)
・自給運動で「食の自立」から「地域の自立」へ
(秋田県仁賀保町●1990年5月)
(秋田県河辺町●1991年5月)
・地域と人に根づいた<リゾート>振興
(山形県村山市碁点温泉・大蔵村肘折温泉亜●1990年7月)
・職員組合が自前で漆の給食器づくり
(島根県美都町●1990年8月)
・自治体ぐるみで有機農業に
(宮崎県綾町●1990年9月)
・「丈夫で長生き三日患って死ねる」町を
(北海道鷹栖町●1990年10月)
・林業の町の趣味と実益を兼ねた地域活性化
(岩手県住田町●1990年11月)
・国際大学と地域づくりのやる気ネットワーク
(新潟県大和町●1991年1月)
・清流保護条例と環境保全型まちづくり
(山形県遊佐町●1991年3月)
・雪“豊かな”町の逆転の発想
(新潟県安塚町●1991年4月)
第2章●自治体現場職員の座談
このムラ・まちに生きたい
第3章●座談/行政・労働組合・シンクタンクは考える
ムラ・まちはこうおこす
終章●「あとがき」にかえて
自治体はムラ・まちと出会えているか
前書きなど
わたしたちが『ムラに生きる・まちに生きる』というタイトルに掲げた「ムラ」と「まち」とは、必ずしも行政単位としての○○県○○村あるいは○○町の「村」と「町」を意味してはいない。また、ムラ=過疎、まち=都会と村の中間地域という意味でもない。「ムラ」も「まち」も、わたしたちにとっては、同じ意味であり、同じ言葉なのである。
では「ムラ」とは、「まち」とは、何か? 人と人とが心地よく共に生き続けることができる共同体とでもいったらいいだろうか。(中略)
わたしたちは、そんなムラとまちを全国に探し求めて、いまから一年半ほど前に旅に出た。もとよりそれに出会えるという確たるアテなどはなかった。いや、それどころか、その段階では、結局は「幻のムラ探し」「幻のまち探し」に終わるのではないかという危惧のほうが強かった。なぜなら、わたしたちの目の前には、ムラというムラ、まちというまちは、東京一極集中、そのミニチュアとしての県都一極集中のなかでスクラップ化されようとしている“圧倒的な現実”があったからである。
やはり全国を歩いてみて、多くの土地土地で、救いようのない現実に出くわし、言葉を失う目に何度もあった。(中略)
しかしそのなかにも、そうした絶望的現実に少しもたじろぐことなく、果敢にムラをおこし、まちをつくりながらドッコイ生きている人びとにも出会うことができた。(後略)