紹介
《伝統的な箒づくりを通じて世界との多様な接点を見いだし、生きることの手ざわりを現代社会に回復しようと試みる、注目のつくり手の論考》
かつて日々のくらしに欠かせなかった箒は、電気掃除機の普及とともに需要が低迷し、全国各地の産地は壊滅状態に陥った。ところが近年、電気に頼りすぎないライフスタイルを志向する人、地域の伝統文化や地場産業に価値を見出す人が徐々に増え、職人が手編みした昔ながらの箒への関心が高まりつつある。
なかでも、神奈川県北部の愛川町では、一度途絶えた旧中津村の箒づくりを生業として復活させる取り組みが進む。細やかで繊細なつくりとクリエイティブな意匠を施した中津箒は限りなく工芸的で、「荒物」と呼ばれていた従来の箒とは一線を画すものとして注目されている。
再興の立役者として活躍する著者は、つくり手として伝統を受け継ぎつつ「美しいもの」を人に手渡すことで、大量生産・大量消費に基づく現代の暮らしと社会のありようを問い続けている。初の著作となる本書は、美大の彫刻科に入学してから箒のつくり手となるまでの道のりや、日々のものづくりと先達からの学びを通じて編み出された民藝論や工芸論、また移住先の北海道・小樽でのDIYによる住まいづくりや不耕起栽培による畑仕事、夫婦で営む箒のアトリエと書店・カフェの複合ショップの話など、「ライフスタイルも含めて箒の表現」と考える著者の生き方と暮らしぶりをまとめた一冊となった。
【本書より】
道具は文化や歴史も背負っている。それらを理解し、解釈するには知識やリテラシーが必要なので、使う人々にも自然とそれらを求め、深める機能もあるように思う。歴史を知った上で鑑賞や批評ができる人は、理性と感性を持って物事を判断できるだろうし、究極的には世界にはびこる分断をも解消できると思う。自分自身でさえ、そんな万能なものがあるとは信じがたいところもあるのだけれど、それでも本気で信じている。だからこそ、工芸に夢を見ている。そして、手仕事に何ができるのか、何をしてきたのか、どこに向かっていくものなのか、ということをずっと考えてきた。(第3章「手仕事の見取図を描く」より)
【推薦の辞】
関野吉晴氏(探検家・医師・武蔵野美術大学名誉教授)
《文明圏の中で、如何に自然と寄り添ったモノづくりが出来るかを探求している吉田慎司は、北海道や南西諸島の洞窟で、どれだけ文明を削いで生きていけるかの実験をしている私にとっては同志のように思える。》
目次
目次
第1章 箒に選ばれるまで
からっぽに宿った光
記録と娯楽
未知と混沌の日々、京都①
未知と混沌の日々、京都②
[コラム] 中津箒とまちづくり山上
第2章 工房想念
素材--ホウキモロコシという植物
編み上げる
手渡す
[コラム] 職人と百貨店
第3章 手仕事の見取図を描く
クラフトブームの波間で
工房からの風
民藝と社会運動
「工芸」の目指してきたもの
もう無銘性の話はしたくない①
もう無銘性の話はしたくない②
[コラム] 実践と研究--相沢先生のこと
第4章 生きるための道具と詩歌
工芸の詩情
対面で強くつながるために
[コラム] がたんごとんと短歌
第5章 理想郷を手づくりで
移住とDIYで最適化する住まい
小樽の風土に根ざした暮らし
工芸とパンとコーヒー
[コラム] 「暮らし」と「ふつう」
第6章 働く工芸
資本主義下の労働と工芸
身体と工芸
参考文献
おわりに