紹介
明治の終わりから大正、昭和初期に活躍した、能登(現在の石川県羽咋郡志賀町富来)出身の自然主義作家・加能作次郎の5つの作品を収録した作品集。加能作次郎のデビュー作「恭三の父」、10代の少年の女性への心理を京都の町の生活の中で描いた傑作「乳の匂ひ」、成長した息子と父との長年の交流と心の動きを丹念に追う晩年の名作「父の生涯」の3つの小説と、作家の生地でありすべての作品に大きな影響を与えた能登半島の自然・人情・生活が描かれるエッセイ「能登の西海岸」「能登の女」を収めました。
加能作次郎と同じ能登半島・七尾市出身で加能作次郎の研究をライフワークとする編者による小論「加能作次郎と能登」が収録されているので、作家や作品の背景への理解も深まるでしょう。
作品に一貫して流れる人の情愛に眼差しを向ける姿勢と、それをとおして描かれる人間の心のやさしさ、故郷への愛情と葛藤は、現代の私たちの心情と驚くほど共通しています。
菊池寛、芥川龍之介、宇野浩二、久米正雄、広津和郎らと同時代に活躍し、長く正当な評価を受けてこなかった加能作次郎の魅力を再発見する一冊です。
目次
恭三の父
能登の西海岸
能登の女
乳の匂ひ
父の生涯
加能作次郎と能登 杉原米和
一 父の肖像
二 海を揺籠に
三 「ふるさと」の唄
父と子の物語 おわりに
前書きなど
編者による「おわりに」から:
日本近代文学で、加能ほど能登の風土と人間を描いた作家はいない。ときめく作家たちの中で、加能はあたかも靴職人が靴を作るように、自分の唄を歌った。
加能の第一作が「恭三の父」(一九一〇年)で、亡くなる二年前に書かれたのが「父の生涯」(一九三九年)である。何度も父親が作品に描かれている。「父の生涯」は、父と子の関係を描いた「美しい作品」である。加能は、幼くして実母が亡くなり継母に育てられるという生い立ち。その心情を、自らの「継子根性」と書いている。それゆえに、漁夫である父と船の上で過ごす時間を嬉しく感じ、能登の海を母のようにして育つ。私は、「父の生涯」が加能文学の結晶だと思う