紹介
北村想作品のペーパーバックシリーズ「万平BOOKS」第3弾は、短編ミステリ小説集。
海に呼ばれる悪夢を見続ける青年の物語『悪夢の顛末』。母校から突如送られてきた現住所不明者のリスト。そこに見つけたある人物の名前が、「私」を探索の旅へと駆り立てる『現住所不明』。演劇関係の仕事に従事し、戯曲賞の選考委員も務める「私」のもとに、一人の青年が訪ねてきて、転落死した女性の降霊会に参加して欲しいと頼まれる『不可解な事件』。新居の隣人は異常なまでの整理整頓の達人。その部屋にある不釣り合いな大きさの冷蔵庫の秘密とは——『かたす』。ある雪の日、語り手の「私」は次に書く戯曲の構想を練りながら、喫茶店の窓からぼんやりと外を眺めていた。すると、駅前に長時間佇む若い女性に目がとまり、彼女が詩を口ずさむのを聞いてしまう『雪の時間』。週数回、深夜の病院で透析を受けている男が、ある日窓外に見えるマンションの一室が奇妙なタイミングで明かりが明滅するのに気づき不審に思っていた。後日、その部屋で不思議な殺人事件が起こったことを聞かされる……『ナツメの夜』。
北村想の筆致で鮮やかに描き出された日常の裂け目から覗く、六つの怪奇な物語。
目次
『悪夢の顛末』
『現住所不明』
『不可解な事件』
『かたす』
『雪の時間』
『ナツメの夜』
解説:岡野宏文
前書きなど
世界が戦争、飢餓、殺戮、暴動、さらに自然からの復讐の如き驚異に晒され、世間が義理人情をなくし、殺伐とした朝にうなされて目を覚まし、悪夢の夜をむかえねばならない今日、ポケットに入れた、ただ一冊、ポーチに仕舞いし、ただ一冊の読書はその悪霊と闘う力となると信ずるは愚かなる夢であろうか。そは毅然と死に立ち向かい、仁もって争闘する力と等しさを同じくするや否や。
おうよ、往くべき逝きもせよ。我等こそは風に吹かれる花一輪、ならば伝えよその姿を。
小説、随筆、戯曲、詩歌、詞謡、評論、文芸、哲学、社会科学に自然科学、もってけドロンジョン万次郎ならぬ、万平BOKS。
携帯に便にして価格ほどほど、その内容と外観のセンスをもって力を尽くし、芸術を好み知識を求むる士の自ら進んでその掌に握し、希望ひとつを胸にして、迎えられることこそ吾人の熱望するところである。
(北村想「万平BOKS発刊に際して」より)