目次
はじめに(礒山 雅)
第1講 バッハの生涯──バッハ研究をめぐる諸問題(礒山 雅)
第2講 バッハ時代のザクセン選帝侯国──17世紀末から18世紀前半のドイツ(佐藤真一)
第3講 ルターとコラール──その神学とことば(宮谷尚実)
第4講 バッハと神(礒山 雅)
第5講 バッハのクラヴィーア音楽──演奏者の立場から(加藤一郎)
第6講 音響学からみたバッハの時代(森 太郎)
第7講 バッハ時代の楽器(中溝一恵)
第8講 バッハと流行(礒山 雅)
第9講 バッハの家庭、生活、教育(久保田慶一)
第10講 18世紀ドイツの言語と文化(末松淑美)
第11講 バッハの音楽頭脳(礒山 雅)
第12講 父ゼバスティアンと次男エマーヌエル(久保田慶一)
第13講 19世紀におけるバッハ(吉成 順)
第14講 ロ短調ミサ曲──宗派の対立を超えて(礒山 雅)
おわりに(佐藤真一)
前書きなど
はじめに(礒山雅)
宗教的なあこがれをたたえた《主よ、人の望みの喜びよ》。ヴァイオリンやチェロが生き生きと奏でる《ガヴォット》。優雅な《G線上のアリア》……。ヨハン・ゼバスティアン・バッハの音楽は、われわれの周囲に、いつも響いている。いかめしい肖像からは近づきにくいようにも思えるバッハであるが、その作品はわれわれの音楽生活の欠かせぬ一部となっており、人気作曲家としての上位を、譲ることがない。ピアノの学習過程で《インヴェンション》や《平均律》を練習した人も、きっと多いはずである。そんなバッハへの親しみを深めたい方のために、本書は企画された。バッハの音楽は、一般の音楽よりも古い時代に成立し、今日とは異なった環境において生まれたものである。このため、とりつきにくさや難しさがあることは、否定できない。門を叩くことを躊躇する方も、きっとおられるだろう。だが、敷居をまたぎ数歩進むだけでどれほど豊かな世界が開けるかを、私はぜひ、多くの方に知っていただきたいと思う。
バッハの音楽は、叡智の限りを尽くして作られているだけに、一度ですべてがわかるというものではない。だがそれは、学びの段階に応じて発見の喜びを与えてくれる、報いの多い対象である。私が若き日にバッハ研究を思い立ったのは、その時点でバッハの音楽がいちばん好きだったというよりは、学び研究することによってわかることがバッハの音楽にはとくに多い、という直観からであった。以来まもなく半世紀が経過するが、その思いは一度も裏切られたことがない。
今回初めて、別分野の専門家の方々との協力でバッハ本を仕上げるという幸運に恵まれた。バッハは単なる音楽家ではなく幅広い学識を備えた人であり、その作品は、さまざまな知の領域とかかわる広がりを内包している。本書では、そんなバッハの多様なる世界へと、各分野の専門家9人が、14の読み物でご案内する(第8講で述べるように14はバッハの数である)。願わくはそれらが、バッハの頂に向かうための、よき参道であらんことを。