紹介
2009年、日本人ピアニスト、辻井伸行さんが優勝したことにより、日本中にその名を知られるようになった「ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール」。ハワイ大学でアメリカ研究を専攻する著者は、その第13回コンクールの予選から本選までを研究者として取材し、はからずも辻井さんの優勝にいたるドラマの一部始終の目撃者となった。
テキサスの一地方都市で開催されるコンクールが、チャイコフスキー、ショパンといった世界的な音楽コンクールと肩をならべるまでの権威を獲得し、国際的な成功をおさめるにいたった理由とは? 1200人もの市民ボランティアが支えるコンクールの舞台裏はどうなっているのか? そして、辻井伸行とハオチェン・チャン(中国)が1位、ヨルム・ソン(韓国)が2位と、2009年も入賞を独占したアジア人音楽家たちの活躍の背景にはなにがあるのか──。
「理想のコンクール」を求める人々の姿を熱くドキュメントした音楽ノンフィクションの快作!
目次
序 章*ドラマの幕は開く
第1章*第13回クライバーン・コンクールの幕開け
第2章*クライバーン・コンクールとは
第3章*予 選
第4章*クライバーン・コンクールを支えるコミュニティと人びと
第5章*準本選
第6章*クライバーン・コンクールの舞台裏
第7章*本 選
終わりに クライバーン・コンクールのもつ意味
前書きなど
序 章*ドラマの幕は開く
(略)
本書は、私が見たクライバーン・コンクールの物語である。
いうまでもなく、物語の多くはバス・ホールの舞台上で展開されるが、この本の目的はそれぞれの演奏を描写したり批評したりすることではない。音楽の演奏を言葉で表現することには限界があるし、二九人の演奏についてこと細かに記述しても、多くの読者にはそれほど面白くないだろう。私は音楽の専門家ではなく、コンクールで演奏された多くの曲について高度な知識をもっているわけではない。審査員よりは一般聴衆に近い目と耳で演奏を体験するので、演奏についての記述はあくまでも個人的な印象と考えていただきたい。
むしろ、この本の主役は、クライバーン・コンクールというイヴェント全体である。バス・ホールの舞台の他にも、出場者やスタッフが駆けまわる楽屋や、聴衆が休憩時間を過ごすロビーやレセプション会場、フォーマル・ウェア着用指定の開会のガラ・ディナーや、出場者や審査員がカウボーイ帽やブーツ姿で現れる動物園でのパーティ、コンクール期間中出場者の面倒を家で見るホスト・ファミリーの家なども、このコンクールの重要な舞台である。また、二四時間対応のピアノ技術師、コンクールのさまざまな姿を追う取材の記者やカメラマン、室内楽の譜めくりをする音大生、フォート・ワース交響楽団の楽団員たちなども、コンクールに欠かせない存在だ。
すぐれたピアノ演奏が、さまざまな音色の複層的なメロディやハーモニーを奏でるのと同様、この本が、クライバーン・コンクールを織りなす数多くの物語を伝えられればと思う。