目次
第1章 宗教改革と宗教戦争の時代[1550-1650]──バロック時代前期の音楽と社会
第2章 花開く宮廷文化と絶対王政[1650-1730]──バロック時代後期の音楽と社会
第3章 バッハの作品に隠された世界史
第4章 揺らぐ宮廷支配[1730-1790]──前古典派・古典派の音楽と社会
第5章 モーツァルトの作品に隠された世界史
第6章 フランス革命からヴィーン体制へ[1790-1830]──初期ロマン派の時代の国際関係
第7章 ベートーヴェンの作品に隠された世界史
第8章 1830年七月革命と音楽──新ロマン主義の音楽と社会
第9章 ヴィーン体制の終焉──1848年三月革命と音楽
第10章 ユダヤ人都市ベルリン──プロイセンの移民政策と音楽
第11章 ヨーロッパ再編の時代[1850-1890]──帝国主義の時代の音楽
第12章 黄昏ゆくヨーロッパ[1890-1914]
第13章 第一次世界大戦と音楽[1914-1920]──ヨーロッパ近代の終焉
前書きなど
音楽の歴史はまぎれもなく、世界史の一部である。政治や経済、宗教という大きな問題だけではなく、人びとの日々の生活を織りなす習慣や流行などがひとつの全体となって社会を形成しているのだろう。音楽家もこの社会や世の中のさまざまな動向や傾向、事件や変動から超然としていることはできないし、生みだされた作品もまた、この世界の動きとつねにどこかで関連している。
音楽や作品の様式は、世の中の美の規範を反映しているが、その美の規範そのものはそれぞれの社会や時代の要求や状況などと無関係ではないだろう。そこに政治や経済的な要素が強く加わるとき、その社会や時代の要求はもっと劇的に芸術活動に影響をおよぼすことになる。
社会の富がどこに集中し、そしてその富がどのような目的と方針のもとに再分配され、支出されるかという問題と、音楽の活動は無関係ではありえない。たとえば、ベートーヴェンの時代のヴィーンを例にとると、なぜボヘミアやハンガリーの貴族がベートーヴェンのパトロンとなり、ハプスブルク家の皇帝はパトロンとはなりえなかったのだろうか。また、なぜ一八二〇年を過ぎるとベートーヴェンは、その作品をゆだねる出版社をオーストリアからドイツへと移したのだろうか。
この富の集中はさまざまな時代についてとりあげられる問題である。一九世紀になって市民社会が広まってくると、特定の個人への富の集中ではなく、一般に中産階級とよばれる人びとに富が拡散するようになる。そうすると、多少の富をもつ不特定多数の聴衆にどのような音楽を提供すべきかという新たな問題が発生する。そして音楽作品はつねに流行という要因に左右されることになる。流行文化の社会になると、生みだされてくる音楽の種類と質もおのずと変質し、消費に適した音楽が生産される構造になっていく。
本書では、名作といわれる音楽作品を象徴的な事例としてとりあげて、それが社会のダイナミズムとどのように関係して生みだされたのかをとりあげる。音楽家と音楽作品は世界史のいとなみの一角をなすという観点にたち、世界史の大きなできごとの側から音楽をとらえなおしてみたいと考えている。
本書が対象としている時代は一五五〇年から一九二〇年までである。すなわちプロテスタント・ルター派の登場によって、ヨーロッパ大陸に宗教と国家の新しい枠組の基盤があたえられた一六世紀中頃から、第一次世界大戦終結によって、一九世紀近代が終焉をむかえた時期までということになる。一般的な音楽史書によくある中世やルネサンスから現代までの通史ではなく、あえてこの時代枠に限定したのは、ヨーロッパ近代が形成され、そしてその価値観が解体するまでのひとつの大きな流れのなかで、音楽とヨーロッパの歴史をとらえるためである。また、時代区分は音楽史のそれを土台にして、そこに世界史のできごとを重ねあわせている。(以上、本書「はじめに」より)