前書きなど
はじめに
黒潮洗う奄美・沖縄の島々。そこでは島ごとに独自性の高い生物と文化の多様性が育まれてきました。
総合地球環境学研究所の、日本列島におけるこれら多様性に関する歴史研究プロジェクトの中で、私たち奄美・沖縄班は自然とのつきあいの知恵を地域の方々から聞かせていただき、学んできました。
今、地球上で進行している様々な環境問題が私たちの生活をおびやかしています。なかには生物多様性の保全や地球温暖化防止といった国家間での取り組みが話し合われるものもあります。しかし、これらの問題は、政府や、自然環境や生物などに詳しい自然科学の専門家だけで解決できるものではありません。それは、私たちの暮らし方という社会や文化と深くかかわる問題だからです。とすれば、一人一人が暮らしを見つめ直し、自然とのつきあいを考えていくことが、今、重要な意味をもっているといえます。各島で自然と向き合い生きてきた歴史と、そのなかで紡ぎあげられてきた先人たちの知恵や伝承は、その大きなよりどころとなるに違いありません。
そのような思いのもと、聞かせていただいた貴重な体験や知恵の数々を、多くの人たちと共有できるよう、七冊の「聞き書き・島の生活誌」シリーズとしてまとめました(巻末をごらんください)。
琉球弧の島々のなかで最大の島、沖縄島を中心とする聞き書きは、本シリーズで三巻目となります。本巻でも、山がちな北部地域でのイノシシを含めた森とのかかわりや、中南部における、田んぼなどの周囲に生きる動植物の利用など、かつての自然や暮らしが語られます。それらからは、前の巻同様、同じ島でありながらも、じつに多様な自然資源の利用が地域ごとになされていたことがわかります。
また、本巻では、かつて森の中に切り拓かれた二つの集落の話も登場します。北部国頭村の山の中にあったユッパー(横芭)と、宜野座村のアニンドー(安仁堂)です。畑を耕しながら、山材を伐り出すといった暮らしぶりが元住民たちによって生き生きと語られます。伝承者が少なくなっている今、その記憶はとても貴重なものです。
これらの集落は今ではありません。とくに、アニンドーは戦争中に焼き払われてしまったのです。日本で唯一、激しい地上戦を経験した沖縄島とその周辺の島々。戦争とその後の占領統治が人びとの暮らしに及ぼした影響は計り知れず、各章の端々にみられます。最後の伊江島の島民のお話のなかでは、本当に辛い記憶とともに、「いくさ世」との個々人の向き合い方が語られます。
話し手の方々は、物資が乏しい戦後の復興期を、身の回りの自然を最大限活用し、何でも自分たちでやりながら力強く生きてこられました。そのような暮らしを、自然についての様々な知恵とともに教えてくださいます。その生きていく力と知恵こそが私たち人類の未来への贈り物なのです。
この一連の取り組みが、調査する者とされる者という壁を越え、環境問題の解決に取り組む研究者たちの連携を図る試みともなることを願っています。お世話になった島の方々および地球研・列島プロジェクトの方々に心からお礼を申し上げます。
編者を代表して