目次
はじめに
第Ⅰ章 近世の三重県漁業と漁村
第1節 伊勢湾の漁村と漁業
1.伊勢湾漁村の形成/2.市場形成と漁村構造
第2節 志摩・度会の漁村と漁業
1.志摩地方/2.度会地方(外海部)
第3節 熊野灘の漁村と漁業
1.北牟婁郡/2.南牟婁郡
第Ⅱ章 漁業制度の確立と漁場紛争
第1節 漁業組合準則の公布と「旧慣尊重」
1.伊勢湾漁村/2.志摩・度会・熊野灘
第Ⅲ章 明治前期の三重県漁業と漁村
第1節 伊勢湾漁村と漁業
1.伊勢湾の漁業と漁村
第2節 志摩半島(答志郡・英虞郡)・度会郡方面の漁村と漁業
第3節 熊野灘方面の漁村と漁業
第4節 水産加工品の生産と販売
第Ⅳ章 明治漁業法の制定と漁場紛争の再燃
第Ⅴ章 漁民層分解の進行と漁村人口の膨張
第1節 伊勢湾漁業・漁村の変化
第2節 志摩郡・度会郡の漁業・漁村の変化
1.真珠養殖業のはじまり/2.カツオ漁業/3.遠洋漁業の開始
第3節 北牟婁郡・南牟婁郡の漁業・漁村の変化
第4節 三重県水産試験場の開設と三重県漁業の振興
第Ⅵ章 漁業生産力の飛躍的拡大と漁業労働市場の形成
第1節 日本漁業の構造変化
第2節 漁船動力化と三重県漁業
1.伊勢湾の新漁法導入と漁船動力化/2.伊勢湾北勢地域のノリ養殖業の成長/3.志摩
郡・度会郡のカツオ一本釣漁業/4.熊野灘(北・南牟婁郡)の漁船の大型化
第3節 漁村労働力の存在形態と出稼ぎ
1.伊勢湾漁村の出稼ぎ/2.志摩漁村の出稼ぎ/3.度会漁村の出稼ぎ/4.南・北牟婁郡の
入稼ぎ・出稼ぎ………98
第Ⅶ章 昭和恐慌期から戦時体制下の漁業・漁村
第1節 昭和恐慌と三重県水産業
第2節 漁村匡救事業と三重県漁村
第3節 戦時体制下の三重県水産業団体
第4節 戦時体制下の漁業と漁民生活
第5節 東南海地震の被害
第Ⅷ章 戦後復興期の三重県水産業
第1節 戦後直後の状況
1.全国的状況/2.三重県漁業の戦争による影響/3.主要漁業・養殖業の状況/4.水産
物“闇流通”とバッチ網漁業の規制問題
第2節 漁業制度改革と5ポイント計画
1.漁業制度改革/2.「5ポイント計画」と漁区の拡張/第3節 三重県漁業・養殖業の復
興/1.熊野灘方面のカツオ・マグロ漁業の発展と定置網漁業/2.伊勢湾の漁船漁業・
ノリ養殖業の復興と確立/3.志摩郡・度会郡を中心とする海面養殖業
第4節 漁業経営の就業構造
第5節 漁業団体の設立と動き
第6節 伊勢湾の漁場環境問題、伊勢湾台風と漁業被害
1.漁場環境問題の発生/2.伊勢湾台風来襲の被害
第Ⅸ章 高度経済成長下の三重県漁業
第1節 高度経済成長と漁業
第2節 「漁業の基本問題と基本対策」と沿岸漁業構造改善事業
第3節 三重県の「答申」と構造改善事業
1.3つの地域の漁家経営の構造と政策的課題/2.浅海養殖業の政策的課題/3.漁業就業
者問題と対策………178
第4節 三重県漁業の生産構造の変化
1.熊野灘(志摩・度会、南・北牟婁郡)のカツオ・マグロ漁業の大型化の進展と経営
問題/2.沿岸漁業の構造変化/3.沿岸漁業の就業問題と経営階層移動
第5節 漁業団体の動き
第6節 自然災害の発生と漁場環境問題
1.チリ地震津波による被害/2.漁場環境問題-伊勢湾、熊野灘方面
第Ⅹ章 低成長期の三重県漁業・養殖業
第1節 第一次、第二次“オイルショック”と漁業
第2節 米・ソの200海里問題の影響
第3節 第二次沿岸漁業構造改善事業と沿岸漁場整備開発事業
1.第二次沿岸漁業構造改善事業/2.沿岸漁場整備開発事業
第4節 海面養殖業の発展と環境問題
第5節 三重県漁業生産の縮小・停滞
1.熊野灘方面(度会郡、南北牟婁郡)のカツオ・マグロ漁業の縮小化/2.伊勢湾にお
けるバッチ網漁業/3.海面養殖業の発展から停滞へ-伊勢湾、志摩・渡会、熊野灘
-/4.就業者数の大幅減少と後継者不足の深刻化
第6節 沿岸・沖合漁船漁業の資源管理型漁業への移行
1.伊勢湾地域/2.鳥羽地域の資源管理
第7節 漁業諸団体の動き
1.三重県漁場整備開発協会・三重県水産振興事業団の設立/2.三重県の栽培漁業・
漁場保全・資源保護運動/3.三重県漁連の販売事業の推進
第8節 漁場環境・保全問題
1.伊勢湾の漁場環境問題/2.熊野灘方面の原発問題/3.三重県全域の赤潮問題
第Ⅺ章 日本漁業の縮小再編と三重県漁業
第1節 バブル経済の崩壊と「平成不況」
第2節 漁業の縮小と新しい傾向………………………………………
1.沿岸漁業経営体数の大幅な減少/2.漁業就業者数の減少
第3節 漁業規制の新制度の導入と漁協組織の再編
1.TAC制度の導入/2.持続的養殖生産確保法/3.漁業協同組合の組織再編
第4節 三重県漁業の縮小と再編
1.漁業構造の動態/2.熊野灘(度会・南・北牟婁郡)の沖合・遠洋漁業/3.海面養殖
業/4.小括
第5節 海面のレジャ-的利用の増大と漁協の対応
1.漁協の海洋レジャ-への対応
第6節 漁協組織の再編成-漁協組織の統合-
第7節 三重県漁協信用事業体-“マリンバンク みえ”-の設立…
第8節 海の保全と水産資源の管理
1.三重県水産業振興基本計画/2.三重県漁連の系統運動の新たな展開/3.漁業者による
自主管理と海の保全
第Ⅻ章 日本漁業の構造的危機と三重県漁業
第1節 日本漁業の構造的危機
1.2008(平成20)年の第三次石油危機と漁業経営/2.“リーマン・ショック”と魚価
の低下/3.漁業経営問題の発現と構造的危機
第2節 三重県漁業の動態
1.伊勢湾漁村の漁業の実態/2.熊野灘漁村の養殖業
第3節 三重県内の漁業団体の合併・吸収の進行
むすび-三重県漁業の歴史的概観-………337
あとがき
前書きなど
三重県の沿岸域は、北は愛知県に接する木曽岬から南は和歌山県と接する鵜殿町に至る約1,083㎞に及ぶ南北に長い海岸線を持ち、愛知県、三重県に囲まれた内湾の伊勢湾、黒潮洗う太平洋岸のリアス式海岸が連なる熊野灘という海に恵まれた県である。こうしたことから三重県は、伝統的に浦々ごとに特色ある多様な漁業が営まれてきており、とくに戦後は志摩・度会郡、南・北牟婁郡のカツオ・マグロ漁業の遠洋漁業から伊勢湾のバッチ網漁業、まき網漁業などの沖合い漁業、そして様々な沿岸漁船漁業、伊勢湾のノリ養殖、志摩の真珠養殖・真珠母貝養殖、カキ養殖業、熊野灘のハマチ養殖、マダイ養殖などの海面養殖業などが営まれてきた。
もともと漁業は、歴史的に、それぞれの地域の前浜漁場環境と魚介類資源をうまく活用しながら特色ある発展を遂げてきた地域産業と言える。そのために漁業は、地域の持つ海の自然的、あるいは社会的な様々な特性を色濃く持ち、地域の持つこうした条件を活かしながら成立してきた産業なのである。すなわち漁業という産業は、長い期間を通じ、地域で生活を営む人間の英知と努力によって作り上げられてきたという歴史的蓄積の産物と言えよう。こうしたことから地域産業としての漁業は多様な“顔”を持つ。とくに沿岸漁業は、その特質を強固に持っている。
地域の海の自然環境とうまく適合しながら成り立ってきたという意味では、農業と似てはいるが、基本的に海を“耕やす”ことは出来ない。歴史的に見た場合、必ずしも海の沿岸域に立地する村落であるからと言って漁業を営む漁村であるわけではなかった。それは山口和男が言うように「近世初頭統一的封建社会の成立と共に一応全国的に確立したものであろうことは大体に於いて推測されるところである。だが、この時代に於いて漁業は未だ十分に普及せず、沿岸村にして漁業に従事せぬ村は今日我々が考えるより遥かに多かったようである」。
現代につながる漁業と漁村の多くは、後に述べるように明治以降の日本の近代化=資本主義化とともに形成され、国内市場の拡大と流通網の整備によって成長を遂げてきたことは間違いない。こうした日本資本主義という全体状況に深く規定されながらも、漁村は長い歴史の内に基礎づけられた伝統的共同体としての基盤を持っており、外部の社会的・経済的状況に強く影響されつつも独自な文化的諸要素を持った空間として主体的に適応・対応してきた。漁村は、“海と水産資源の在り様”という自然環境条件、および社会的歴史的条件に規定され、現在でも農業よりも小集落ごとの違いも大きく、漁村の浦々の漁業種類、あるいは養殖業などの異なった展開が見られる。したがって最初に述べた“漁業は地域産業である”という意味は、まさに今述べた意味である。換言すれば、漁業と言う産業は、自然的及び社会的環境に規定された歴史的個性を持った地域性を基盤としており、多様な姿をその特徴としているということである。したがって近代的な自然の紐帯からは一応、 “自立した人工的かつ自由な工業”とは、大いに異なる。
これまで漁業史の分野においては、通史的な各都道府県史、各市町村史など多く存在する。しかし、地域漁業の形成・確立・発展・衰退・危機という観点で現代に至るまでの商品経済と日本資本主義の規定による経済史的アプロ-チから貫通的に扱った漁業史は、近年、ほとんど見かけなくなった。そうした中で少し以前のものであるが、吉木武一3)の1980年代の2つの著書である『以西底曳漁業経営史論』、『奈良尾漁業発達史』は、数少ないそうした作品のひとつであろう。また、精力的に長崎県を拠点として研究活動を行い、豊富な資料をもとに産業史的観点から著書を送り出している片岡千賀之の諸作品4)がある。なかでも2010年に出版された片岡千賀之の『近代における地域漁業の形成と展開』は、地域漁業の成立を資本主義的地域内分業とそれを土台として水産物の商品化の産業システムとして捉え、資本制的企業を軸とした経営主体の形成が中心となっている。その他にも北洋漁業に関する著書、地域漁業史に関する著書、論文も多数存在するであろうが、とりあえず漁業経済史観点からこの2人の著書をあげておく。
本著の視点と方法に関して述べておこう。第一に、地域漁業と言う概念を繰り返すこととなるが、私は次のように考えている。漁業生産と漁民生活において自然条件を生かした多様な性格を持つ“場としての地域の漁業”、あるいは“地域産業(必ずしも資本制的企業を指しているものではなく)としての漁業”の展開であり、本著では近世漁業の形成から近代漁業の成長-発展-戦時体制下の危機、そして戦後の復興-成長-縮小-構造的危機という今日に至る長期間の歴史的な地域漁業のプロセスを日本資本主義の展開と国内漁業の規定性において把握するという方法をとった。第二には、地域漁業が持つ国内漁業一般からの規定性=影響を受ける側面と地域の独自性、特殊性に焦点を当てた。こうした“一般性と特殊性”というアプロ-チから地域漁業の変容を考察した。とくに三重県漁業と漁村は、前述した明治以降の近代化の中で日本資本主義の工業集積・集中からの影響を強く受けた北部の伊勢湾地帯、リアス式の複雑な岩礁地帯の入り江を利用した、あま漁業の伝統的漁業、また様々な沿岸漁業も営まれ、カツオ一本釣漁業、明治以降は海外市場への輸出産業として発展を遂げた真珠養殖漁村が存在する志摩・度会地帯、かつては村落共同体的なブリ定置網、ボラ漁業、および志摩・渡会地域と同様なカツオ一本釣り漁業などの特色ある熊野灘地帯などの、次に述べる3つの漁業地帯が存在し、明治以降の近代化の過程においては、その歴史的変容が際だっている。第三は、漁業生産の中心を小規模な生業的漁民層に置いていることである。その理由は、近世の幕藩体制においては言うまでもなく、彼らが生産の主体であり、明治以降の日本の近代化=資本主義化における資本制漁業の成立(ただし、日魯漁業、大洋漁業、日本水産などのビッグスリ-は財閥系の別な系譜であり除く)の発酵母であり、現在においても経営体数の9割以上を占める漁業生産の担い手であるからである。歴史的経済的範疇として考察した場合において農業と同じく家族労働力の再生産を目的とした小生産者として性格づけることができる。
次に、本書で具体的な対象となる漁業地帯は、明治以降の近代化の中で行政区分として確立する三重県の伊勢湾の北勢、中・南勢(度会郡の伊勢湾内海側)、志摩(答志郡・英虞郡)、そして太平洋に臨む度会外海側、熊野灘(北牟婁郡・南牟婁郡)の各漁村と漁業である。こうした3つの地帯区分は、置かれた自然条件に規定され異なった漁業で成り立っており、また近世の幕藩体制の下で異なった藩支配を受けていたという事情、その後の国内漁業の資本主義化=近代化という影響の受け方も異なっていたという歴史的条件も付け加わる。
三重県漁業・漁村の歴史を全体的な日本資本主義と漁業という構造的規定性から地域漁業の発展との関係で論じた著作・論文は、私が知る限り、これまでのところ見当たらない。三重県漁業・漁村を扱った諸著作、諸論文は対象とする時期、地域を限定した個別分析がほとんどであり、社会学的・民俗学的なものが多く、経済学を土台に据えた構造分析ではない。
これまでの三重県漁業史の研究のフォロ-を行っておけば、かなり綿密な実証的研究でよく知られている中田四郎の『三重県漁業史の実証的研究』は、志摩半島周辺漁村が中心であり、時期的には近世から明治前期までとなっており、大正期に沿岸漁業から沖合漁業へのドラステイックな変貌を遂げた伊勢湾漁村が中心ではない。中田四郎は、他にも漁業経済学会編集『漁業経済研究』誌に「鳥羽藩の浦役銀制」がある。牧野由朗『志摩漁村の構造』は、愛知大学総合郷土研究所の研究叢書Xであり、志摩漁村の浜島、阿児町立神真珠養殖漁村、アマ漁業の鳥羽市国崎、カツオ・マグロ漁業の南勢町(現南伊勢町)田曽浦などの、それぞれ漁村の事例の対象領域に沿って断続的に明治から昭和の期間が詳細に社会学的アプロ-チから考察されている。また、清水三郎・倉田正邦編の『伊勢湾漁業資料集』は、江戸時代の伊勢湾(一部は志摩を含む)漁村・漁業の資料として貴重ではあるが、大正期以降の漁船動力化を契機とした本格的な伊勢湾漁業の発展と漁村の形成との連続性という点は対象外となっている。清水三郎は「江戸時代における南勢地方の漁業事情」、「神領の漁業と漁政」などの論文において、主に江戸時代の漁場利用をめぐる状況と紛争に関して経済史的視点から論究されている。また、近世における三重県からの俵物の大坂、江戸への流通に関して記述した「俵物の統制集荷と産地の対応-尾鷲地方と志摩の場合」などもある。また、伊勢湾北部の赤須賀を対象に近世からの地域漁業史として詳細な記述がある平賀大蔵『海で生きる赤須賀 聞き書き漁業の移り変わりと熊野行き』、明治時代以降に関しての論述がみられるものとしては、松島博の『三重県漁業史』がある。これは、三重県漁業協同組合連合会および三重県信用漁業協同組合連合会の20周年を記念して出版されたものである。この中には、前掲中田著の引用が多いためか、やはり志摩半島、および熊野灘周辺漁村の史料が中心であり、伊勢湾漁村に関するものは記述が少ない。第二次大戦後の三重県漁業の復興から現在(1998年頃)に至る変遷を通史的に漁業協同組合、連合会を中心に記述したものに拙稿「三重県漁業の変遷」がある。近世から近代の伊勢湾漁業と専業的漁村の成立を考察したものに、同じく拙稿「伊勢湾漁村の形成と漁業」がある。
その他には、論文としては、漁業経済学会編集『漁業経済研究』誌の三重県漁業史に関する論文がある。とくに和田勉の一連の近世漁村共同体の研究は多い。和田勉「近世漁村共同体の発展過程」、「志州鳥羽藩下のボラ楯切網漁業」、「近世漁村共同体と地下網漁業」、「伊勢湾周辺における捕鯨」、「近世漁業と漁村共同体-尾鷲市大曽根浦の場合-」、「尾鷲地方の近世・近代における漁業構造」、「近世における漁業権の確立と変容-伊勢湾岸の例-」などである。また、河岡武春「定置網漁村の漁業生産と土地制度」がある。その他にも近世から近代にかけての様々な論考があるが、一応、上にあげた著書、論文、資料集にとどめておく。
こうした三重県全体の戦前期の漁業に関する研究状況の中で比較的豊富な内容を持つ史料としては、『伊勢湾漁撈習俗調査報告書』『明治・大正期三重県漁事海運資料集』、1984(昭和59)年に復刻版として出版された『三重県水産図解』、『三重県水産図説』27)、愛知県の知多市民俗資料館発行であるが、三重県の資料も多くの記述がある『打瀬船』、各市町村史などがある。こうした史料にもあたりながら江戸時代後期から明治・大正・昭和の戦前期の考察を進め、戦後に関しては、三重県漁業・養殖業に関する上記以外の諸論文、諸著作、統計書、官報、新聞記事、諸報告書などにあたりながら現在の2000年代までの長期間を三重県の漁業構造が異なる3つの地域に区分して俯瞰する。