目次
Ⅰ 友人が見た浅川伯教
安倍能成「浅川君の作品展覧会の為に 『草野集』1936年
同 「李朝陶器篇に寄す」『陶器全集』第17巻1960年「月報 18 」
同 「浅川伯教君のこと」『民芸』1964年3月号
河井寛次郎「浅川さん不死」『民芸』1964年3月号
浜田庄司「伯教君を憶う」『民芸』1964四年3月号
田中豊太郎「浅川さんを偲ぶ」『民芸』1964年3月号
土井浜一「伯教さんとの宿縁」『民芸』1964年3月号
浜口良光「俳人伯教宗匠」『民芸』1964年3月号
赤星五郎「伯教さんのこと」『民芸』1964年3月号
同 「浅川さん御兄弟のこと」『朝鮮のやきもの 李朝』1965年
鈴木繁男「伯教先生の面影」『民芸』1964年3月号
山本為三郎「伯教さん」『民芸』1964年3月号
広田 煕「浅川先生の思い出」『民芸』1964年3月号
手塚利明「浅川伯教先生の死」『輝く八ケ岳』1964年
グレゴリー・ヘンダーソン「浅川伯教の死を悼む」『陶説』1964年4月号
グレゴリー・ヘンダーソンとその妻「親愛なる浅川夫人へ」1964年3月26日書簡
Ⅱ 親族が見た浅川伯教
浅川たか代「ヘンダーソン論文について」1964年4月 備忘録
同 「夫を語る」『京城日報』1920年10月22日 談話
鈴木正男・牧栄「父・浅川伯教」1978年4月8日・8月19日 談話
上杉美恵子「父とおじの思い出」1979年11月1日ほか 談話
同 「父・浅川伯教の思い出」『陶説』1998年8月号・聞き手/森孝一
進藤 章「浅川伯教氏の死」『輝く八ケ岳』1964年
Ⅲ 友人が見た浅川巧
柳 宗悦「編者附記」『工芸』1931年5月号
同 「編輯余録」『工芸』1931年5月号
同 「編輯余録」『工芸』1931年7月号
同 「編輯余録」『工芸』1931年10月号
同 「浅川のこと」『工芸』1934年4月号
同 「同人雑録」『工芸』1934年4月号
安倍能成「浅川巧さんを惜む」『京城日報』1931年4月28日〜5月6日
同 「浅川巧君の追懐」『工芸』1934年4月号
同 「人間の価値」『国語』(岩波書店)1934年
同 「或る日の晩餐」『静夜集』1934年
外村吉之介「朝鮮の膳と浅川巧氏」『民芸』1974年9月号
浜口良光「巧さんと私」『工芸』1934年4月号
土井浜一「巧さんと尼さん」『工芸』1934年4月号
同 「巧さんの仕事の跡」『工芸』1934年4月号
中井猛之進「浅川巧君へ」『工芸』1934年4月号
加藤松林人「浅川巧さんの墓」『韓国の美しさ』 1973年
柳 兼子「朝鮮のこと」 『柳宗悦全集』第六巻「月報・聞き手/水尾比呂志」1981年
富本憲吉「京城雑信」『窯辺雑記』1925年
柳宗理・高崎宗司「浅川巧と柳宗悦」『明日の友』1988年夏号
洪淳赫「浅川巧著『朝鮮の膳』を読んで」『東亜日報』1931年10月19日
崔福鉉「浅川先生の想出」『工芸』1934年4月号
金二万「同じ人間として」1979年4月19日の談話
金成鎮「日記入手の」1996年2月末日 手記
Ⅳ 親族が見た浅川巧
浅川伯教「彼の故郷と其祖父」『工芸』1934年4月号
浅川園絵「浅川政歳への手紙」1931年4月22日付
浅川咲子「浅川政歳・ちか子への手紙」1931年4月28日付
小宮山栄「弟の思い出」1979年9月27日 談話
浅川政歳「亡き巧君の事」『工芸』1934年4月号
同 「巧兄死の前後」アルバムより
小宮山辰也「おじと林業」1979年9月16日の談話
Ⅴ 解説/年譜
高崎宗司「もう一つの回想」
深沢美恵子「浅川伯教のこと」
李尚珍「浅川巧のこと」
「浅川兄弟年譜」高崎宗司編