紹介
上伊那地方の五十の祭りを、写真と文で紹介した本です。駒ヶ根市在住の写真家、下村幸雄さんが上伊那郷土研究会の月刊誌『伊那路』に、五年にわたって発表した作品を中心にまとめたものです。
「伊那」は南信州の伊那市と駒ヶ根市を両眼とした、上伊那地方をいいます。中央を南北に貫く天竜川。自然界を支配する者の象徴である、天と竜の名を冠した「天竜川」のような川はありません。その天竜川を挟んで、上伊那の歴史文化は両岸段丘に発達しました。段丘の遠方に連なる東に南アルプス、西に中央アルプス。両アルプスから注ぎ込む清流にもまれ、天竜舟下りがしぶきに濡れて行きます。
祭りって何でしょう。楽しい、勇ましい、神輿、笛太鼓、夜店、小遣い、ご馳走、酒、無礼講、町内、若衆。祭りほどたくさんの人に、たくさんの異なるイメージが膨らむイベントはないでしょう。
一方、祭るものも多様です。神社でも寺でも祭りがあります。正月、盆、彼岸のような年中行事の祭りもあれば、えびす講のような信仰の祭りもあり、神楽、田楽、念仏、芝居といった民族芸能も参加して、お祭り騒ぎはいよいよ大きくなります。後の祭りという祭りも本当にありますから、大変です。
祭りは民衆が生み出したごった煮の文化です。それぞれの時代それぞれの地域に、それぞれの様式を持って生まれた祭り。共通する心は感謝と祈りであり、地域の連帯につながるから一層気持ちが高揚します。上伊那が育んできたそんなごった煮の文化を、下村さんがすべて現場に行って取材し、写真と文で綴りました。
民衆が担ってきた祭りの回りを、何百年という時が過ぎて行きました。では今の祭りの回りはどんな時代なのでしょうか。今の時点に立って、専門家の文を加えました。
伊那谷の街道に滲む歴史の哀歓をエッセイストに、郷土史研究家に地勢的な概括を、農業者は開拓地から暮らしを照射し、戦後観光開発の光と陰をジャーナリストが点検しています。時代を透視した小論を併せ、文化を映す華としての、祭りを感じていただけたら幸いです。
祭りは先祖からの預かりもの。大事に子や孫に残してやりたい。いつまでも伝えてほしいと願いつつ、『伊那路の祭』を刊行しました。
目次
《ふるさと讃歌》 小林一行
天竜ふるさと祭り(駒ヶ根市)
神明神社の天狗と獅子(辰野町北大出)
諏訪社の豊年踊り(駒ヶ根市中沢大曾倉)
小正月のどんど焼き(飯島町田切南割)
羽広の獅子舞(伊那市西箕輪羽広)
鉾持神社のだるま市(高遠町西高遠)
山寺のやきもち踊り(伊那市山寺区)
長谷村の中尾歌舞伎(長谷村中尾)
津島神社の暴れ御輿(宮田村)
鉾持神社の高遠ばやし(高遠町)
高烏谷神社の矢納の神事(駒ヶ根市東伊那)
日曾利のほんやり(飯島町日曾利)
《土に生きる》 山口斗人
塩田のしし追い(駒ヶ根市東伊那)
浦の先祖祭(長谷村)
白心寺の花御堂(宮田村町二区)
矢彦神社の式年御柱祭(辰野町小野)
木下南宮神社のお鹿祭(箕輪町木下)
小河内のおさんやり(箕輪町小河内)
美女ケ森大御食神社の獅子練り(駒ヶ根市赤穂市場割)
宮の花八幡社のヤブサメ神事(伊那市富県)
貴船神社の子供騎馬行列(高遠町藤沢荒町)
八島神社の御筒粥神事(辰野町赤羽)
日方磐神社春の例祭(飯島町田切)
蚕玉神社の例祭(駒ヶ根市福岡馬見塚)
《街道を流れた歌》 柿木憲二
古田人形(箕輪町上古田)
芝宮神社津島社の祇園囃子(飯島町七久保)
伊那森神社の例祭(駒ヶ根市東伊那)
春近神社の土蔵獅子舞(伊那市東春近)
上横川神社の神楽(辰野町門前)
殿村八幡宮の奉納相撲(南箕輪村南殿)
四日市場の御念仏講(高遠町長藤四日市場)
行者様の祭り(飯島町七久保高遠原)
笠原の獅子舞(伊那市美篶笠原)
松倉硫黄沢神社の春祭(高遠町藤沢松倉)
光前寺の稚児行列(駒ヶ根市菅の台)
《戦後の祭りと観光》 唐木清志
伊那まつりの大わらじ(伊那市)
お陣屋祭りの代官行列(飯島町)
大宮五十鈴神社の火祭り(駒ヶ根市赤穂北割)
辰野のほたる祭り(辰野町)
天竜川の精霊流し大法要(伊那市坂下区)
南アルプス長衛祭(開山祭)(長谷村北沢峠)
赤木の虚空蔵菩薩祭(伊那市西春近)
春日神社秋の例祭(伊那市西町)
諏訪神社秋祭(伊那市西春近諏訪形)
銭不動尊春の例祭(中川村大草)
本郷神社のおはやしの舞(飯島町本郷)
手良八ツ手地区の秋祭(伊那市手良)
[天竜川とカワセミ(写真)]
飯沼沢の数珠廻し(辰野町飯沼沢)
中曾根の獅子舞(箕輪町中曾根)
大久保の事念仏(駒ヶ根市東伊那大久保)
古瀬の春祭(中川村田島古瀬)
天伯社のサンヨリコヨリ(伊那市美篶)
茅の輪くぐりの神事(伊那市坂下神社)
盆の振りまんど(南箕輪村田畑)
中山諏訪社の秋祭(駒ヶ根市中沢中山)
恩徳寺の節分会(南箕輪村沢尻)
八幡神社の春祭(中川村下平)
湖上の三番叟(飯島町七久保千人塚)
奇習盆正月(南箕輪村田畑)
中沢吉瀬の秋祭(駒ヶ根市中沢吉瀬)
《下村幸雄君のこと》 安川 博
前書きなど
駒ヶ根市長 中原正純
「祭り」というと、幾つの時も楽しい思い出が多い。私の幼少時代は、戦中・戦後の動乱期で、物も豊かではなかったが、祭りの時は格別で、親戚縁者が集まり、普段食べられない料理がふんだんに並べられ、こんなに美味しいものが世の中にあるのだと思ったものだ。
また、薄暗い夜店で、手に握り締めていた小銭で、ニッキの小瓶を買って飲んだ。その味も忘れられない。
そして今は、祭りを通じて豊穣への純粋な祈り、日照りとか雨が降り続くとか、大自然に対する畏敬の念も理解出来る。
戦後、休止していた祭りも、まちづくりの視点から見直され、数多くが復活していることを大変嬉しく思う。
『伊那路の祭』は、多くの珍しい祭りや祭りの歴史の深さを、下村幸雄さんの確かな写真技術でしっかり捕らえられており、私を魅了した。
ゆっくりとした時間がとれたら、祭り巡りをやってみたいものだ。
伊那市長 小坂樫男
駒ヶ根市在住の写真家、下村幸雄さんが、上伊那郷土研究会の月刊誌『伊那路』に五年にわたって発表した作品を中心とした写真集を出版されるとのこと、『伊那路』の読者としても本当に嬉しいことです。
下村さんが、上伊那中を足でかせいだ労作で、こうした祭りを網羅した写真集は珍しいのではないかと思いますし、古い祭りから新しい祭りまで広範囲に亙って、上伊那地方の祭りをやさしいタッチで撮られております。 祭りはその地域の風俗や人間模様をうつす文化です。何らかの形で後世に伝えて行きたいと考えています。
すばらしい写真集の出版を楽しみにしています。