目次
シンポジウム 奄美の平家伝説
水乞型蛇聟入の古層‐南島の伝承を基軸に‐
悲劇の周辺‐奄美説話群の‐考察‐
奄美おもろで考える‐これから何が言えるか‐
奄美における近代知識人の民謡観
ユングトゥの説話性
奄美の民俗‐沖縄と比較しつつ‐
「道統の上国日記」について
前書きなど
喜界島の北西端の小野津に今なお残る「雁股の池」は、鎮西八郎為朝が喜界島近くに漂流し、雲か島かを知るために放った雁股の矢がささり、そこに清水が湧きでたのが、その起りであると伝えられている。この地で、一人の機織りの娘と夫婦になり、男の子が生まれた。三年ほどいて、奄美大島へ移っていったと伝承している。‥‥そして、また、源氏とともに日本の歴史を華やかにいろどる平氏は、ひとときの栄華もつかの間に、源氏との戦いに敗れて、滅亡するが、平氏敗走の旅が伝承として残されることになった。いつしか、その伝承も奄美諸島の喜界島から奄美大島北部、かけろま島などに、色濃く、伝えられてもいる。そして、今もなお、これらの伝承は神聖なる森、岬などに結びつき、人々の信仰の対象となり、それなりに語り継がれてもいる。