紹介
特集は「童謡が生まれるとき」と題し、大正7年、雑誌『赤い鳥』の創刊と共に誕生し今日まで百年近く日本の子ども達に親しまれてきた「童謡」の歩みをふり返ると同時に、日本の「童謡」が生まれた背景についても述べられている。
明治14年を起点として主に学校音楽として広まった小学唱歌は歌詞の難解さや詞と曲の不整合などが批判され、そうした唱歌に対決して、芸術として真価のある純麗な子どもの歌が志向する動きが生まれた。
明治・大正期に第一線で活躍した詩人、作家、評論家、歌人、画家たちの多くが、新しい日本の「童謡」を生み出すことに好意的であったことに驚かされる。
「童謡」の歩みについて、それぞれの論者が、鈴木三重吉、与田凖一、阪田寛夫を取り上げて紹介している。
目次
【巻頭エッセイ】
労働について/綱澤満昭
【特集】
特集「童謡が生まれるとき」に寄せて/和田典子
童謡の歩みをふり返る―誕生期の活力を中心に/畑中圭一
鈴木三重吉の『赤い鳥』への願いと、それぞれの童心・童語―北原白秋と三木露風の場合/和田典子
雑誌『赤い鳥』投稿童謡詩人たちの太平洋戦争―与田凖一を中心に/青木文美
阪田寛夫が描く子どもの心と言葉-日本の童謡史を変える革新性 /谷 悦子
保守主義と橋川文三/綱澤満昭
「女工哀史」と竹久夢二/丘山 満州男
列女伝瞥見(下)-高麗史烈女伝と大日本史列女伝/ 渡瀬 茂
「士農工商」的身分観の払拭をめざす社会科歴史授業開発/和田幸司
第三回総選挙における肥塚龍の選挙運動について―兵庫県第八選挙区の選挙運動を中心として/ 竹本敬市
【連載】
人権とは何か/和田幸司
前書きなど
編集後記
編集後記に何を書くかで毎回悩んでしまうのですが、本号の特集にある「童謡」という語を見ると、古代史家としての血が騒ぎ出したので、少しお付き合いいただければ幸いです。
「わざうた」としての「童謡」という用語自体は、『漢書』や『後漢書』などの五行志に見え、古代中国にまで遡ります。日本では『日本書紀』の中で最初に登場いたします。童謡は「事件や異変を予兆し風刺する古代の歌」と定義づけられていますが、それらの歌自体には必ずしも直接的な政権批判は含まれておらず、祭りなどの場で歌われていた予祝歌などが日本書紀の本文に挿入歌として取り入れられています。
その意味では、日本書紀の本文と童謡の歌自体は「独立」しており、古代の童謡は従来から指摘されているように「独立歌謡」といえるのですが、全く無関係なわけではありません。むしろ日本書紀の編者があえて本文と関わらせて引用したもの、つまり時の政権が転覆する予兆を示すものとしてそれらの歌を意識的に採用したとするほうがよいでしょう。
ところで、日本書紀においてわざうたとしての「童謡」「謡歌」が登場するのは、巻二四の皇極紀、巻二六の斉明紀と巻二七の天智紀のみであるという事実が注目されます。近年の『日本書紀』のテキスト研究(森博達『日本書紀の謎を解く』)によれば、巻二四から巻二七までが薩弘恪という中国人によって記述されたものであることが明らかとなっています。童謡という用語が古事記には見られず、日本書紀にのみ見えるのもこの点と関係しているでしょう。
中国語としての「童謡」の用語が日本書紀のテキストに採用されただけではなく、日本古代の支配者集団の内部に、巷での流行歌を政変の予兆として理解する日本的な災異思想がその後展開していくことになります。実際、政変時にそのような歌が歌われていたのかどうかを知るすべはありませんが、それを政変の予兆と捉え、前政権の失政ぶりと新政権の正当性を示すものとして、巷に「流布」していたとする童謡を為政者が利用するのは、実に興味深い現象といえるでしょう。なぜなら、古代王権(天皇)の正当性を、中国王朝のように天命に由来するものとしてのみ捉えるのではなく、あえて民衆の「声」にも求めるという日本的な災異思想を示す可能性があるからです。これは長屋王や伴善男、菅原道真などといった政争に敗れた不遇な政治家が怨霊化し、宮廷社会内部で畏れられるだけではなく、全国各地で彼らが祀られるという現象と恐らく軌を一にしています。皇極(斉明)と天智の治世に「童謡」が登場することは、後の天武による「王朝交替」を予言するものとして叙述する必要があったのでしょう。「専制」は、むきだしの暴力による支配ではなく、このような民衆の「支持」に支えられる時、その力はより強力に発揮されるのです。しかし、日本書紀だけを見ていても当時の本当の「民意」はうかがい知ることはできません。当時の人々のマンタリテも含め、私自身は風土記研究にその秘密を解くカギがあると考えています。が、今回は投稿できませんでしたので、次号以降で紹介できればと思います。
私の話はさておき、本号では、昨年度の研究所主催講演会「童謡誕生の時代」で講演を賜った畑中圭一先生によるご論考をはじめ、童謡研究を牽引されている四人の先生方によるご論考をお寄せいただきました。近代以降における童謡の成立と展開を俯瞰する新たな視点が提示され、童謡研究の際には今後参照されるであろう貴重な成果集として特集を組むことができたことに改めて感謝申し上げます。また、和田幸司先生による「学校教育と人権」の連載もスタートいたしました。今後とも研究所研究員一同、魅力的な誌面作りに尽力したいと思います。
(松下)