目次
巻頭エッセイ
大学はどこへ行くのか/綱澤満昭
[特集]座談会
身近な文化財を災害と日常の滅失から守るために 内田俊秀/吉原大志/藤木 透/竹本敬市/多仁照廣
司会/松下正和
[論考]
中学校社会科「近世身分」学習の改善の視点-日本文教出版(歴史的分野)の分析を中心として-
/和田幸司
日本における外国人支援制度と子ども/松島 京
社会的養護に関する制度改革の動向と背景/松浦 崇
村上一郎に少しふれて/綱澤満昭
「赤とんぼ」の解釈と表現法をめぐって-三木露風と山田耕筰の「赤とんぼ忌」に寄せて-
/和田典子
これからの小学校における英語教育/岸本映子
前書きなど
編集後記
急激な人口減・流動化の中で、日本各地で維持されてきた膨大な地域歴史資料が、日常的にも消失の危機にあり、度重なる自然災害がこの事態をさらに加速させているといえます。しかも、山間部では仏像・狛犬・石造物などの盗難被害が深刻となっており、文化財に対するイタズラの報道もたびたび聞かれるようになりました。このような現状をふまえ、当研究所では、身近な文化財が被害に遭った際に誰でもできる応急処置を紹介するため、「文化財を災害から守る-歴史資料保存修復ワークショップ」を開催しています。また「身近な文化財を災害と日常の滅失から守るために」と題した座談会を開催し、本誌では特集を組むことができました。
二〇一三年には今後の日本社会における少子化問題や市町村消滅などを論じた、いわゆる「増田レポート」が登場し、「地方消滅論」が喧伝され、「地方創生」のかけ声とともに、地方における「選択と集中」やコンパクトシティ化の動きが加速しつつあります。一方で、地域づくりや多地域居住など多様な住民を認め合うなどの事例からそれに対する反論も出ています(小田切徳美『農山村は消滅しない』岩波新書、山下祐介『地方消滅の罠』ちくま新書)。私たちの文化財保全の取り組みは、すぐさま地域の活性化や地場産業の再生などに直結することはないかもしれません。しかし、地域に住まう人々のみならずその地域に関心を持つ私たちのような「ヨソモノ」も含めて、地域社会に関与し続けるということ、存在証明そのものでもある地域の歴史文化や、家の記録・記憶を残すということで、少しでも持続可能な地域社会へ寄与したいとの思いを持ち続けています。
ところで、大学の研究者が学内の組織として科学技術に関する問題についての相談や調査依頼を一般市民から受けともに考える「サイエンスショップ」という仕組みがクローズアップされています。現代の社会問題を考えるためには、個別の学問分野の知識のみならず、実社会の様々な職業で使われている「職業的な専門知」や、日常生活を営む中で得られる「生活知」など多様な知識や経験、知恵が交わる「知識交流」が必要だとされています(平川秀幸『科学は誰のものか』NHK出版生活人新書)。学術講座に参加の有志の方々に、毎月ボランティアで、私の研究室で保管している的形村の古文書を整理していただいています。私が提供できるのはせいぜいくずし字の解読や歴史用語の解説といったことに過ぎません(古代史が専門なのでそれも不十分ですが…)。一方、参加されている地域の皆さん方は、それぞれ多様な人生経験をされ、その地域の方でしかわからないような「ローカルナレッジ(現場知)」をたくさんお持ちで、むしろ私が教えていただくことのほうが多いという状況です。
複数性(plurality)が人間の行為の条件をなすのは、私たちは人間であるという点ですべて同一でありながら、誰一人として、過去に生きた他者、現に生きている他者、将来生きるであろう他者とけっして同一ではないからである(ハンナ・アーレント『人間の条件』志水速雄訳、ちくま学芸文庫)。
何物にもかえがたい「比類なき(unique)」人々が集う、アーレントが描くような公共的な空間…大都市圏以外の「過疎化」地域の存続問題から当研究所が提供する場に至るまで、このような「多様性の承認」が今後も重要なキーワードになるのではないでしょうか。
今回も出版にあたっては、海風社作井文子氏のお世話になりました。厳しいスケジュールの中、ご無理を申し上げたにもかかわらず、刊行にご協力をいただいたことにお礼申し上げます、また協賛広告を頂戴した企業様にはこの誌面をお借りして厚くお礼申し上げます。最後となりましたが、学校法人近畿大学弘徳学園にはこのたびも財政面で多大なる援助を賜りました。記して感謝申し上げます。(松下)