紹介
現代社会のその先を作るために。日本の歩みを記憶として地域から残し伝え考えるための本。日本史ファン、研究者必携のシリーズ6冊目。
阿波をめぐるはじまりから現代まで。
本書は「徳島」を取り上げる。朱と藍、阿波踊り、四国八十八か所巡礼など、徳島ならではのテーマはもちろん、身近な地域資料から日本の歴史を大きく展望する論考まで、多彩なラインナップで迫る。長年にわたって徳島の地域資料に向き合ってきた研究者によって編まれた、徳島の歴史。日本列島の中の限られた徳島という一地域の歩みだが、紛れもなく日本全体の歴史と密接なつながりの中で歩んできた歴史である。
第1部「出土資料で描くいにしえの徳島」では発掘調査によって出土した遺構・遺物などについて、専門的な分析を加え、第2部「政治と権力の渦中の徳島」では古代から近世までの阿波国の政治拠点や大名の動向、さらには幕府や藩といった権力とのかかわりについて述べていきます。第3部「徳島を彩るふたつの『色』」では、弥生時代から古墳時代にかけての辰砂の「朱色」と、江戸時代に、藍といえば阿波、阿波といえば藍といわれた「藍色」について考えます。第4部「踊る、巡る、旅をする!」は「阿波踊り」・「四国遍路」・「蜂須賀家の参勤交代」の論考を、第5部「自然と社会に向き合う人々」では、徳島地域を大きく規定する地形的条件について、さらには徳島南部の漁村集落、徳島の花街の場で自然や社会の厳しさとの闘い、その中での暮らしについて述べます。最後の第6部「記録から再考する徳島と人々の歴史」として、古文書・仏像の修理銘・一漁業者が書き記した漁業日誌などの様々な形の「記録」を題材に地域の歴史を考え、ライフヒストリーを読み解きます。
執筆は、中村 豊、菅原康夫、岡本和彦、重見髙博、藤川智之、山下知之、森脇崇文、板東英雄、向井公紀、宇山孝人、立石恵嗣、高橋 啓、長谷川賢二、根津寿夫、町田 哲 、高田恵二 、松本博 、佐藤正志、福家清司 、須藤茂樹、磯本宏紀の21名。
【二一編の論考が語る歩みは、日本列島の中の限られた徳島という一地域の歩みですが、紛れもなく日本全体の歴史と密接なつながりの中で歩んできた歴史です。本書のタイトルを「徳島から探求する日本の歴史」とした理由もこの点にあります。本書をとおして、あらためて歴史資料と、その歴史資料に真摯に向き合う歴史研究の大切さ、おもしろさに気づいていただければ幸いです。】...はじめにより。
目次
序文 (地方史研究協議会会長 久保田昌希)
はじめに―徳島の特性と多彩な歴史(『徳島から探求する日本の歴史』編集委員会)
第1部 出土資料で描くいにしえの徳島
土器に残された植物の痕跡(考古学)
1 「レプリカ法」が明らかにする徳島の農耕開始期(中村 豊)
1 はじめに/2 農耕の芽生え/3 イネ・アワ・キビの出現/4 灌漑水田稲作の導入/5 弥生時代中期以後への展望/6 まとめ
形や埋納方法が明らかにするものとは(考古学)
2 徳島の銅鐸―北と南―銅鐸に示された多様性(菅原康夫)
1 はじめに/2 銅鐸群の型式と埋納様相/3 使用形態・埋納スタイル/4 様相差が示すこと
写し図だけが知られていた短甲とその出土地(考古学)
3 金色の甲冑が物語る徳島の古墳時代中期(岡本和彦)
1 勝浦川流域に五世紀から形成される新興首長墳/2 墳丘・副葬品からみた勝浦川流域首長の特異性/3 金色の甲冑と写し図/4 倭の五王の時代と威信財/5 勝浦川流域の首長の性格/6 その他の発掘事例から/7 まとめ
出土品を数値化することによって見えてくるもの(考古学/中世)
4 出土遺物が語る勝瑞城館跡の歴史(重見髙博)
1 はじめに/2 土師質土器皿/3 陶磁器/4 瓦/5 まとめと考察
第2部 政治と権力の渦中の徳島
阿波国府の成立過程をさぐる(考古学/古代)
5 阿波国府設置前夜の社会構造(藤川智之)
1 はじめに―古代の国家と地方/2 阿波国府と観音寺・敷地遺跡木簡/3 古代氏族と出土品がつながる/4 古代国家と地方氏族の関わり
赤松氏と阿波の交差の歴史をさぐる(中世)
6 嘉吉の乱と阿波細川氏、乱後の赤松氏と阿波
―「上月文書」の伝来に関わって(山下知之)
1 はじめに/2 嘉吉の乱の顛末/3 赤松氏討伐と細川持常/4 赤松氏の再興/5 天正年間後期の赤松氏の阿波入部―「上月文書」の阿波伝来/6 おわりに
上位権力の承認と地域の戦乱(中世)
7 戦国末期の阿波―三好・長宗我部氏の抗争と織田信長
(森脇崇文)
1 はじめに/2 三好長治の死と阿波の内紛/3 反信長陣営としての三好氏権力の復活/4 織田・長宗我部氏の接近と「御朱印」/5 おわりに
キリシタンの子孫たちはどう処遇されたか(近世)
8 徳島藩の転キリシタンとその一族の行く末(板東英雄)
1 驚くべき取り扱い/2 徳島藩の禁教政策とキリシタン・類族の取り扱い/3 東意類族について/4 大津古主膳類族について/5 キリシタン・類族の取り扱いが語るもの/
第3部 徳島を彩るふたつの「色」
朱色が明らかにする弥生時代社会のネットワーク(考古学)
9 朱の生産と流通(向井公紀)
1 はじめに/2 阿波水銀鉱床群と弥生時代の水銀朱生産遺跡/3 朱の生産工程と作業道具/4 各遺跡における作業分担/5 流通ルートと生産ネットワーク/6 まとめ
藍作は地域に何をもたらしたのか(近世)
10 阿波藍発展の光と陰(宇山孝人)
1 阿波藍の産地と作付面積の増大/2 藍作面積が急増したのはなぜか?/3 藍作が盛んになったために、農村はどのように変貌したか/4 阿波における米作地帯と藍作地帯/5 おわりに
地域の基幹産業は生き残れるのか(近現代)
11 阿波藍の衰退と「精藍」事業の顛末(立石恵嗣)
1 はじめに―「精藍」事業とは何か/2 明治期の阿波藍業の盛衰/3 「蒅」の限界と「精藍」事業の模索/4 「沈殿藍」による「精藍」事業の展開/5 長井式精藍の推進/6 精藍事業の挫折/7 阿波藍業からの転換/8 おわりに―「沈殿藍」の可能性
第4部 踊る、巡る、旅をする!
阿波踊りの歴史を訪ねて(近世)
12 徳島城下の盆踊り(高橋 啓)
1 はじめに/2 町の盆踊りと村の盆踊り/3 城下市中の盆踊りと組踊り/4 組踊りからぞめき踊りへ/5 城下盆踊りとぞめき踊りの流行/6 おわりに
「お遍路さん」はどのように成立したのか(古代~近世)
13 四国遍路の源流
―海辺の巡りから八十八か所への転回(長谷川賢二)
1 はじめに /2 四国遍路の複雑性/3 聖と海辺の巡り/4 山伏の四国辺路/5 四国辺路の変容―八十八か所巡礼の前夜/6 おわりに
殿様の旅日記からみた参勤交代の楽しみ(近世)
14 大名の旅
―徳島藩蜂須賀家の参勤交代(根津寿夫)
1 はじめに―殿様の旅日記/2 徳島藩蜂須賀家の参勤交代/3 参勤交代の実施月と所要日数/4 旅日記からみた殿様の旅/5 おわりに
第5部 自然と社会に向き合う人々
山はいかに利用されたか(近世)
15 徳島藩の御林と地域
―御林番人の文書から(町田 哲)
1 御林とは/2 御林と御林番人・露口家/3 御林の変容/4 御林と地域
暴れ川「四国三郎」と人々はどう向き合ってきたか(近世)
16 徳島藩の吉野川治水事業 (高田恵二)
1 はじめに/2 新川掘抜工事/3 寛政期の治水事業/4 天保期の治水事業/5 おわりに
田地の平等配分を求める願い(近現代)
17 「五反ならし」運動に起ちあがった「おんなたち」
―幕末・維新 民衆と米と日常と (松本博)
1 序 ―「五反ならし」運動とは/2 農・漁民の生活の実相と ―地域の歴史に触れて/3 運動の動機「デハ」から「デモ」へ
「芸どころ」で生き抜くしたたかさ(近現代)
18 花街のストライキ
―民衆の「まなざし」と抗う女性たち (佐藤正志)
1 花街と芸娼妓/2 「芸どころ」徳島の花街/3「花柳病予防法」施行と芸妓のストライキ/4 芸妓への差別的「まなざし」/5 阿波踊り(盆踊り)の観光事業化と花街/6 おわりに
第6部 記録から再考する徳島と人々の歴史
契約したのは誰か、通説に挑む(中世)
19 「忌部の契約」の謎
―「御衣御殿人契状」と阿波忌部氏長者(福家清司)
1 「忌部の契約」―阿波忌部氏の注目史料/2 「忌部の契約」の謎とは何か/3 「御代最初御衣御殿人」の「最初」とは何か/4 「契状」署名人と氏長者の対立/5 正慶度大嘗会の「新たな編成」/6 「忌部の契約」締結の目的・背景
仏像の像内に残された記録を読む(近世)
20 阿波の仏像を残す・伝える
―史料としての修理銘 (須藤茂樹)
1 はじめに―文化財を守るということ/2 真言八祖像の世界/3 弘法大師空海像並びに真言七祖像(美波町・薬王寺所蔵)/4 弘法大師空海像並びに真言七祖像の修理銘/5 墨書銘からわかること/6 聖観音菩薩坐像(善入寺所蔵)の修復/7 おわりに―修理銘史料学の提唱
漁業日誌と語りから描く生きざま(近現代)
21 福岡に移住したある遠洋漁業漁師の物語
―漁業日誌とライフヒストリーからみた高度経済成長期
(磯本宏紀)
1 はじめに/2 漁労長Kさんの漁業日誌を読む/3 以西底曳網漁船船員という生業とKさんの半生とその時代/4 おわりに
あとがき(萩谷良太)
執筆者紹介
シリーズ刊行にあたって
前書きなど
序文
地方史研究協議会 会長 久保田昌希
本会は一九五〇年に創立された七〇余年の歴史を有する全国学会です。現在会員は一四〇〇名余。会則第三条で「この会は各地の地方史研究者及び研究団体相互間の連絡を密にし、日本史研究の基礎である地方史研究を推進することを目的とする」としています。年度毎の最大の行事は毎年一〇月に開催する大会で、翌年には大会成果論文集を世に問うています。
徳島では二〇一七年一〇月に第六八回大会を開催し、翌年『徳島発展の歴史的基盤︱「地力」と地域社会︱』を刊行致しました。大会では、徳島の地域的固有性を「地力」というキーワードから、その歴史を読み解き再構成することが熱く議論されました。
改めて徳島の「地力」を思うとき、かつて二〇一二年に「地方史、その先へ︱再構築への模索︱」を大会共通論題におこなわれた第六三回大会における石尾和仁氏の報告「『連携』に探る地方史研究団体の新しいかたち︱徳島地方史研究会の取り組みを中心に︱」が想起されます(同報告は本会編『地方史活動の再構築 新たな実践のかたち』所収)。そこでは当時の現状分析と課題をふまえて同研究会としての今後の取り組みが的確に述べられており、そこでのキーワードは「連携」であるとしています。
私はこれこそが総体として徳島地方史の「地力」を構成しているのではないかと、本書『徳島から探求する日本の歴史』成立の背景を思い惹かれました。結集していただいた六部構成二一編の論考は、いずれも読み応えのある内容です。
二一世紀に入った頃、木村礎元会長は「地方史研究は『基礎』どころではなく、日本史研究そのものになった感がある」(「初期地方史研究協議会の性格」本会編『地方史・地域史研究の展望』名著出版、二〇〇一年)と表現されましたが、本書にはそれが体現されていると思います。
末筆ながら、執筆ならびに編集いただいた方々、合わせましていつもながら出版をお引き受けいただいている文学通信へも衷心より篤く御礼申し上げます。