目次
#1 少女は従わない
#2 姫は番わない
#3 人形は頷かない
#4 少年は留まらない
#5 ミューズはここにいない
#6 魔女は終わらない
#7 エルフは眠らない
#8 妖精に身体はない
#9 幻獣は滅びない
#10 天使は汚れない
#11 ドリュアスは眼に視えない
おわりに
前書きなど
はじめてのロリィタ
二〇二〇年、秋。二十九歳の誕生日を前にして、私はロリィタ服にはじめて袖を通した。鏡に写った自分を見て、「私はこの服を着て生まれてきたんだ」と思った。生き別れの双子のきょうだいと巡り合ったかのようだった。
それほどにその服は私に――私の姿かたちだけでなく、私の精神に――しっくりと馴染んでいた。
あるべき世界では、私はずっとこんな服を着て生きてきたに違いない。間違ったこの世界で、それでも私はようやく、自分の羽衣を取り戻した。
ロリィタ、というファッションを知ったのがいつのことだったのか、覚えていない。
思い出すのは、大学の大教室でときおり見かける、真っ黒なゴスロリファッションに身を固めた女の子の、孤高な空気感とすっと伸びた背筋が好きだったこと。美術館で、かんぺきなロリィタファッションの、お人形さんみたいな女の子が、じっと絵と見つめ合っているところに遭遇すると、人間と絵の境界線を踏み越えてあちら側に親しんでいるように見えてとても羨ましかったこと。
中高の友人の私服がピンクハウスだったこと。三島由紀夫をこよなく愛する読書家で、立ち居振る舞いが優美で、持ち物のすべてに一貫した趣味と審美眼が流れ、目鼻立ちといった部分を超えて底光りするように美しかった彼女が、はじめて私服で現れたときあまりにも完全だと私は思った。
放課後に別の友人とおしゃべりしながら散歩していたとき、大きなファッションビルの中で、「あ、これ**ちゃんが着てる服だよ」と友人がピンクハウスの店舗を指した。「君もこういう服似合いそう」と言われ、「そう思う」と返した。とびきりかわいくて華やかでロマンティックな服が自分に似合うであろうことはわかっていた。けれど値札をちらりと見ると、私がそれまで知っていた服とは値段が一桁違っていて、逃げるようにお店を出たこと。