紹介
ダニイル・ハルムスの原点、伝説のグループ「オベリウ」の全貌がついに明らかになる──。
100年前、20歳前後の若者たちによって結成された「オベリウ」(ОБЭРИУ)は、20世紀前半のロシアにおける文学的実験の極致をきわめた。ダニイル・ハルムスの「エリザヴェータ・バーム」「出来事」新訳、これまで未邦訳だったニコライ・ザボロツキー「気狂い狼」、コンスタンチン・ヴァーギノフ「スヴィストーノフの仕事と日々」、レオニード・リパフスキー「水論」など、この伝説のグループ周辺12名の代表作を網羅した世界初のアンソロジー。
「本書に訳出するのは、「オベリウ」と「チナリ」に縁の深い者たちの作品である。どちらのグループにも所属したハルムスとヴヴェジェンスキーは、その反伝統的な作風がロシア国内外で比較的早くから注目され、著作集や全集が刊行されてきた。しかしふたり以外の作品は、ザボロツキーを除き紹介が遅れた。「オベリウ」アンソロジーは、すでに1991年にロシアで、2006年にアメリカで刊行されているが、どちらも「オベリウ」のメンバー(オベリウ派)を網羅しているわけではなく、必ずしも代表作を採っているわけでもない。そこで本書には、レーヴィンやウラジーミロフといった、ロシアでさえほとんど知られていないマイナーなオベリウ派に、「チナリ」のメンバーも加え、それぞれの代表作をなるべく多く収録した。したがって、現時点では本書が世界で最も包括的な「オベリウ」アンソロジーといってよい」(本書「はじめに」より)
「オベリウ派――彼らはそう名乗っている。この言葉は、リアルな芸術の結社のことだと理解されている。この嘘くさい大仰な名前は、レニングラードのちっぽけな詩人グループが勝手に詐称しているものである。連中はほんの僅かだ。片手で指折り数えることができる。その創作ときたら……。」(オベリウに対する批判記事「反動的曲芸」より)
◎オベリウとは?
20世紀前半のロシアにおいて、「ロシア・アヴァンギャルド」と後に称される前衛芸術運動が興隆する。その寿命は短かったが、落日の間際、未来をも貫く鋭い光芒を放つ。それが「オベリウ」である。1927年に若者たちの手で結成されたこのグループは、「反革命的」と批判され数年で瓦解するものの、メンバー(オベリウ派)は創作をつづけ、ロシア文学史上きわめてユニークな作品を残した。また一部のオベリウ派は「チナリ」にも属していた。これは「オベリウ」と異なり閉じられたグループで、仲間たちは頻繁に集まりさまざまなテーマについて話し合った。そこでの会話がしばしば創作のヒントになっている。「オベリウ」も「チナリ」も長く忘却されていたが、20世紀後半から、ロシア文学史におけるミッシング・リンクとして世界的な注目を集めだす。両グループのメンバー全12人の創作を1冊に纏めた本書によって、その全貌がいま初めて一望のもとに置かれる。
目次
はじめに
「オベリウ」とは何か━━人と成り立ち
「オベリウ」と「チナリ」略年譜
Ⅰ オベリウ
ダニイル・ハルムス
出来事 エリザヴェータ・バーム ヴヴェジェンスキーへ ザボロツキーを訪ねて オレイニコフへ 〈リパフスキーが苦しみだしたのは……〉 どのように使者が私のもとを訪れたか 男が家を出ました ばあさん
アレクサンドル・ヴヴェジェンスキー
〈三七〇人のこどもたち〉 はる こもりうた イワーノフ家のクリスマス
ニコライ・ザボロツキー
気狂い狼 運動 不死 さらば友よ みにくい女の子
コンスタンチン・ヴァーギノフ
スヴィストーノフの仕事と日々(抄)
イーゴリ・バーフチェレフ
取るに足らない隣人のたとえ 「曲がった胃」での出来事 冬の散歩
ドイヴベル・レーヴィン
ドゥームコプフ氏、空を飛ぶ
ユーリイ・ウラジーミロフ
変な人たち スポーツマン
アレクサンドル・ラズモフスキー
追憶のハルムス
クリメンチー・ミンツ
オベリウ派(抄)
オベリウ宣言
Ⅱ チナリ
ニコライ・オレイニコフ
発明家に誉れあれ チャールズ・ダーウィン ハエ ゴキブリ 〈ごく頑丈なガラス越しに……〉 ノミの師範
レオニード・リパフスキー
〈太陽が異国に沈んだ〉 水論
ヤコフ・ドゥルースキン
窓 補遺 〈どのように使者が私のもとを去ったか〉 夢 チナリ
訳者解説━━十二人の「変な人たち」
訳者あとがき
底本一覧