紹介
1984年に現代詩ラ・メール新人賞で鮮烈デビューした鈴木ユリイカ。『MOBILE・愛』(第36回H氏賞)、『海のヴァイオリンがきこえる』(第3回詩歌文学館賞)、『ビルディングを運ぶ女たち』という3冊の詩集を上梓したあと、長く詩集の出版が待たれましたが、今回実に29年ぶりの新詩集が発刊されます。
長年にわたって戦争や平和、家族、社会、芸術についてなど、壮大なテーマに真摯に向き合ってきた鈴木ユリイカのその後をたどる3冊を、「Suzuki Yuriika Selection」として1か月に1冊刊行いたします。1冊目『サイードから風が吹いてくると』では、ヒロシマから物語を始めます。
HIROSHIMA MON AMOUR
見えない時間(とき)が泉のように湧き そして
世界の人びとにあの日のことを知ってもらいたいと思っている
これほど語らない これほど静かな これほど美しい
都市(まち)をわたしは見たことがなかった
わたしはこの世で生まれて見たものを書かなければならない。たとえ映像の中だけのものでも、たとえ触ることができなくても、このふたつの目が見たものは忘れることができない。数千回の春を迎えた都市よ。祈りの都市よ。わたしは虚無の下の虚無の下の虚無の下にわたしのマントから爆風に吹き飛ばされる種子を蒔く。またもや砕け散った巨大な穴に消えていった人々のまえで、熱風のなかで種子を蒔く。何かを信じるということがもはやできるだろうか?
「春」より
目次
HIROSHIMA MON AMOUR
G線上のアリア―ロストロポーヴィッチの若き日の演奏をCDで聴く
秋なれば塩こおろこおろと ヒロシマ学 1
マーラーへの予感 ヒロシマ学 2
方向を失ったいのち ヒロシマ学 3
未完の旅 Ⅰ
未完の旅 Ⅱ 故郷について
風邪ひき夜の独り言
無限に生きる
ヴァーミリオン 1
ヴァーミリオン 2―ヨシエさんの話より
ここ
六十年
その男
ヒロシマにいる、きみ 1
ヒロシマにいる、きみ 2
わたくし・広島
マリリンに、予測不可能の
ゲーベン、エキザルベ、リンデロンVG
春
時のクレバス
ニュース
見えない炎
果てしない秋へ
サイードから風が吹いてくると