目次
あらまし
第一章 「雨中嵐山」の点と線
一、さらば日本
二、嵐山の人文地理紹介
三、日本の禹王・角倉了以
四、大悲閣千光寺と隠元の日本人生
五、「雨中嵐山」の詩に隠れる行程
六、高泉性潡の詩碑との邂逅
第二章 雨中嵐山行きの背景
一、治水の家の歴史
二、祖先祭祀習俗
三、入魂する禹王の精神
四、念入りの中日間の共有
五、あふれた気遣い
六、中学時代の日本観
第三章 「疎通」が対日の人民外交をもたらす
一、対日民間外交のヒント
二、対日民間外交の実践
三、対日民間外交の定義(資料編)
四、人民外交の思想及びその研究(資料編)
五、桜に思いを
第四章 周恩来と法政大学
一、中村哲総長の見解
二、柘植秀臣元法政大学社会学部教授の観点
三、元法政大学校長大内兵衛教授が誇りに思う経歴
四、周総理の附属高等予備校留学を記念した法政大学教職員の文章総括
五、
法政大学現存資料中の附属東京高等予備校(1910~1924年)についての記載
六、周恩来の留日日記についての考察
七、范源廉と法政大学
八、周恩来留日の特色
九、周恩来留日研究と関連する課題
第五章 中国人の日本留学の背景
一、法政大学清国留学生法政速成科設立の背景
二、法政速成科の特徴
三、法政速成科の教育内容と辛亥革命の相関関係
四、〝留学生取締規則〟事件と法政速成科の中止
五、おわりに
第六章 日本における禹王信仰の現存形態に関する考察
一、はじめに
二、大川三島神社の天井漢詩(静岡県東伊豆町の大川温泉地区)に関する調査
三、京都御所「大禹戒酒防微図(だいうかいしゅぼうびず)」の日本伝来の脈略を探る
四、時代精神と禹王信仰の現代的価値
五、禹王信仰研究の課題
後書き
前書きなど
周恩来が1919年、日本留学を終え、帰国する前に京都の名山・嵐山を雨の中を探訪した。桜が咲き乱れ4月5日のこと。これは二度目の嵐山探訪であった。二回も嵐山を訪ねた理由を探るため、筆者は嵐山の人文的地理的背景を考察してみたところ、日中文化の交じり合う点と線を見つけた。それは日本の禹王・治水の角倉了以と禅師の隠元と高泉が絡み合っている。
百年後の今も、嵐山は中国人の京都観光スポットのトップとされる。中国文化からみても魅力があるのだろう。一世紀前も現在も変わらず、というところに注目したい。嵐山に引かれた周恩来の思いは、現在の中国人にも通じる思いであることが見えた。
周恩来は帰国する前の限られた時間にもかかわらず、京都を訪れた。限定された時間を割いて、当時は不便な嵐山に立ち寄った。嵐山の魅力の何が周恩来を嵐山へ引っ張ったのか。日中文化の交差の中で、嵐山の周恩来を考察していきたい。