紹介
ロシアとの北方領土問題、中国・台湾との尖閣諸島紛争、韓国との尖閣諸島紛争といった目を離せない領土紛争をはじめとして、対馬紛争や琉球諸島・先島諸島の帰属問題など、過去・現在にかけて日本は、周辺諸国との間にいくつもの領土問題を抱えてきた。
さらに、海底資源に各国の注目が集まるようになった現在、領土だけでなく領海・排他的経済水域に関わる外交交渉の重要性はいや増し、また、長距離核ミサイルの脅威によって領空と領土防衛に対する認識も高まっている。
本書は、これら領土・領海・領空に関する紛争とその外交交渉の経緯を、日本と相手国そして第三国の各時代の文献や法律条文・外交文書・声明文といった客観的資料を、豊富に掲載して分析するとともに、国境はどのように認識され、成立してきたのかという、議論の土台となる点についても資料をもとに冷静な考察を加える。
目次
はしがき
第1章 領土が問うもの
1、領土
2、領土の棲み分け―精神の国境
3、国家の境界
第2章 国境認識の射程
1、境界と国境
2、日本の内外
3,領土管理の形成
4、日本の国境認識
(1)太宰府と国境管理機能
(2)豊臣秀吉の朝鮮征伐とその意識
(3)日本型国境認識の原型
(4)「領土問題はない」との立論
5、列島文化と海洋国家の原点
(1)列島の文化
(2)海上の道
(3)沖縄起源論争
(4)沖縄の思想
6、日本の海防論
7、中華帝国朝鮮の領域考
8、中華世界の版図考
9、日本の辺境考
10、日本の統治領土
第3章 日本国境の成立
1、ヤマトの成立
2、初の国境画定
3、島国国家日本と対馬
4、国絵図と日本国境界
5、幕末維新期の国境画定
6、日本の領土購入建議
(1)南洋群島買収建議
(2)蘭領ニューギニア買収建議
7、海図の作製
8、日本近海の火山活動
9、日本の外邦測量
第4章 領土の帰属
1、領土の帰属
2、北方探険
3、領土問題─外交交渉と帰属確認
(1)当然的に領土の存在を認識される領土の確認
(2)住民の移動・交替・継続、生活圏の維持・変更による領土画定の確認
(3)領土支配をめぐる交渉の結果としての領土の確認
第5章 領土存在の確認
1、領土存在の確認
2、伊豆諸島
3、鳥島
4、隠岐
5、対馬
6、竹島
7、硫黄島
8、中ノ鳥島
9、昭和硫黄島
10、南鳥島
11、沖ノ鳥島
12、奄美諸島
13、吐噶喇列島
14、大東島
15、尖閣諸島
第6章 領土画定と外交交渉
1、領土画定をめぐる外交交渉
2、小笠原諸島
第7章 領土支配と外交交渉
1、領土支配をめぐる外交交渉
2、琉球諸島
3、先島諸島
4、琉球・台湾法的地位論争
5、北方4島
6、北方領土交渉
(1)4島返還論
(2)2島譲渡論
(3)2島放棄批判論
(4)2島先行返還論
(5)3島返還論
(6)共同統治論
(7)面積2等分論
(8)千島列島全島返還論
(9)返還運動
(10)全面放棄論
(11)「北方領土不要論」論争
(12)3.25島返還論
(13)北方領土をめぐる世論
(14)北方領土をめぐるロシア住民の世論
(15)欧州議会の北方領土問題決議
(16)日ソ/日ロ交渉の総括
7、北方交流
第8章 領海・排他的経済水域
1、領海と排他的経済水域
(1)海洋の国際法秩序
(2)日本の海洋法秩序
(3)アジア海賊対策地域協力
2、日本の海洋開発
3、日本の200海里水域の海洋管理
4、東シナ海の石油開発
5、北洋地域及び北方領土周辺の排他的経済水域
(1)北洋漁業
(2)1956年日ソ漁業協定
(3)日ソ漁業協力協定
(4)日ソ漁業操業協定
(5)ソ地先沖合漁業暫定協定
(6)日ソ貝殻島昆布採取協定
(7)日ソ漁業協力協定
(8)日本漁船の安全操業枠組み協定
6、隠岐・韓国周辺の漁業専管水域と共同規制水域
(1)1965年日韓漁業協定
(2)日韓漁業協定の中断
(3)1998年日韓漁業協定
7、九州西方の排他的経済水域
(1)北部境界協定
(2)南部共同開発協定
8、沖縄西方の排他的経済水域
(1)中国の沖縄トラフ要求
(2)1955年日中漁業協定
(3)1975年日中漁業協定
(4)1997/2000年日中漁業協定
(5)東シナ海の漁撈混乱
9、沖ノ鳥島周辺排他的経済水域
第9章 領土防衛と対外認識
1、島嶼国家と領海
2、対馬海峡防衛
3、津軽海峡防衛
4、3海峡封鎖問題
5、海峡防衛
6、島嶼防衛
7、離島管理
8、竹島紛争
(1)日本の竹島固有領土論
(2)竹島の韓国所有論
(3)竹島放棄論
(4)韓国による独島囲込みと実効的支配
(5)竹島棚上げ論
(6)竹島領有紛争
(7)李明博韓国大統領の竹島上陸事件
7、尖閣諸島紛争
(1)釣魚台論争
(2)日本人の魚釣島上陸事件
(3)日本の先占領有論
(4)日本の尖閣列島中国領有論
(5)日本陰謀説と台湾事件
(6)中国の古来領土論
(7)中国武装船侵入事件
(8)灯台建設の外交事件
(9)保鈞運動
(10)尖閣諸島中国船衝突事件
(11)尖閣諸島国有化対立
(12)台湾漁業権要求の解決
(13)尖閣海戦
(14)中国海軍のレーダー照射事件
8、対馬紛争
(1)韓国の対馬領有論
(2)韓国の対馬領有運動
9、西南防衛計画
第10章 領空
1、日本の領空
2、与那国島の領空及び防空識別圏
3、領空侵犯
4、ミグ25事件
5、北朝鮮のミサイル発射実験
6、北朝鮮のミサイル脅威
前書きなど
日本人は、領土感覚が稀薄である。自然の調和という生活世界にあって、その生活空間では、だれかが闖入し場所を占拠されてしまうといったことも、そういう感覚もない。それは、広くいえば、島国であるためであるが、その島国世界の日本の空間は、島から波紋が拡がるという空間で、自己の世界の延長の上に拡がっていく波紋の届くところまで拡がり、どこかその限界は消えてしまう。その辺りまで、自己の世界が存在しており、その展望は、自宅の庭園のある築山に借景を設定するといった発想に通じる。そこでは、境界で設定される領土というものとは、余り考えられていない。
中国大陸には長城が存在する。それは、異族の侵入を防止するためであったが、その防衛の思想は城壁の中で生活し、そのことが安全を保障するという思考に発する。その考え方の根底には、自己の生活のためには自己の土地を奪われないようにし、闖入者を防止しなければならない、とする考えがある。そこには、領土観念が定着している。これに対して、日本人は、どこかで自己の空間を有し、そのために仕切るという秩序感覚はあるものの、それは領土の保全と防衛といった感覚ではなかった。元の侵寇に直面して、幕府は日本に対する服従要求を拒否し、朝廷に奏し、朝廷は国難を払うべく社寺に祈願を命じ、神仏の加護をもって、挙国一致でそれに対処した。幕府は部署を定めて攻撃に対処したが、結果としては、海上を襲ったのは暴風の猛威で、これにより敵戦力は壊滅した。ちまり、朝廷は敵軍調伏の国家安泰の祈願に専心し、戦局は暴風襲来の日があったことで、すべてが神意とされ、国民は神国の尊厳を深く意識し、自然の調和の上に設定された世界認識を強めることになった。
江戸期、欧米の襲来で、外夷の脅威に対する現実認識のもと海防論が展開されるところとなった。とはいえ、日本は、独自の拡がりの世界であり、現実主義を貫いたそれは、日本の海外発展と表裏の関係にあって、日本の領土認識の図式を変えるものでなかった。海防論は脅威への対処とともに、その防衛行動は、海外発展の文脈にあった。
第二次世界大戦で、日本は敗北した。その戦後処理において、日本は、現状復帰の原則に従い、拡張し併合した海外領土をすべて失った。但し、琉球に対する中国の要求は琉球の分離占領もあって、実現しなかった。日本は分割占領され、沖縄は分離占領で日本領土としての日本の復帰が遅れた。さらに、南千島はソ連に占領され、日本の固有領土たる北方領土はソ連に占領し続けられ、その後継国ロシアも日本に引き渡していない。別言すれば、北方領土はソ連の軍事占領下にあり、ロシアは自国に併合している。竹島は、反日主義を貫いた李承晩大統領の強行支配の形態のままで、日本の支配にはない。日本は、竹島にしても、南千島にしても、自国領土及び領海/経済水域に対する管轄権を回復する対抗手段を有していない。そして、沖縄周辺の経済水域で石油資源の開発が進んだことから、中国の尖閣諸島/釣魚列嶼の領土要求が登場してきた。
こうした現実に直面して、ようやく日本人の領土感覚も変わり、いかに領土を防衛し維持するかの戦略的関心が深まった。さらに、日本に対してミサイルが飛来する事態ともなり、日本領土の防衛という理解が国民の間に深まった。
こうして日本の領土認識が確立するなか、日本領土あるいは国境の存在が改めて確認されるばかりか、さらに日本の資源を含む日本の国家存在とその維持が認識され、明確になってきた。いいかえれば、海洋国家としての日本の存在が自覚され、検証されるところとなってきた。つまり、日本の経済水域における海底資源が確認され、その開発が可能ともなれば、日本の資源大国としての展望も開けうるところとなった。その可能性は日本の技術革新にかかっている。
われわれは、日本領土の存在を確認し、海洋国家としての日本の新しい姿を展望する次元に立っている。こうした展望においては、日本に対して領土主権を主張する他国との国境紛争の可能性も大きく、われわれは領土認識とともに、カオスを克服する日本の領土保全感を高めなければならない。
本書の執筆は、2012年秋、吉林大学国際研究所主催の中国の研究者を中心とした、北京大学客座教授としての報告として予定されていた。しかし、尖閣諸島国有化により生じた日中両国間の対立という事態で、報告は流れた。ここに、日中両国の関心ある諸氏の理解を得るべく刊行することにした。その執筆にあたっては、日本人の国土観、領土意識の醸成、領土をめぐる国際関係につき包括的に論述し、立証されるべき史料を所収掲載し、課題を十分に検証できるようにした。蓄積されてきた研究成果の文献を収めることで、より以上の研究上の要点が論じられるようにした
本書を、中国、台湾、韓国の研究仲間に捧げ、領土問題の共通理解が得られ、討議が重ねられるよう期待する。