紹介
本書は、愛媛県を舞台に近世の割地制・庄屋役地と近代の無役地事件・庄屋抜地訴訟を一本の糸で結ぶ作業を試みたものである。明治のはじめ庄屋制度が廃止されたのにともない庄屋役地の所有権の所在が問題となり、旧庄屋と村民の間で争われたのが、この両事件である。
第Ⅰ部では、明治期における両事件の展開を検討した。第一章は、東・中予地方において展開した庄屋抜地事件の発端から終息までを。第二章は、南予地方において闘われた無役地事件について、これも発端から最後の事件までを。第三章は、両事件を人的側面から検討した。すなわち、原・被告という訴訟当事者のみならず、代言人・弁護士という訴訟代理人の検討を通じて別の側面から両事件を浮かび上がらせようとした。
第Ⅱ部は、両事件で争われた庄屋役地について、江戸時代=藩政期に遡って、その生成から展開、消滅までを検討した。第Ⅰ部において検討した訴訟の過程をみると、両事件において庄屋抜地や無役地とよばれた土地がいかに設定されたかが勝敗のカギを握る場面が少なくなかった。そこで両役地の設定まで遡るとともに、その後の展開も含めて検討しておくことが必要となった。また、これら庄屋役地の設定は、松山・今治・宇和島三藩で行われた割地制度と密接な関係があるらしいことも分かってきた。そこで第一章では、これら三藩の藩政レベルにおいて割地制度の歴史を検討し、第二章では、村落のレベルに降りて、庄屋役地の設定―展開―機能変化という具体的様相について検討した。第三章は明治初年の庄屋役廃止という事態に、各村レベルでどのように対応したかを検討した。第四章は、これまでの考察を踏まえて、全体として庄屋役地の存在と意義、とりわけその所有主体をどのように考えるかなどの問題について理論的に考察したものである。
これまでにすでに無役地事件なる訴訟事件の存在は知られており、さまざまに検討されてきた。しかし、基本史料となるべき判決文は、そのすべてが研究者の前に提供されていたわけではなかった。したがって、両事件に関する諸判決を研究者や関心を有するすべての人たちの前に提供することは、それ自体重要な意義を有するとともに今後の研究に資するものとして有意義であると考え、最後に「史料集」として、庄屋抜地事件および無役地事件の判決を翻刻して収録した。(はしがき要約)
目次
はしがき
第Ⅰ部 明治期の裁判闘争
第1章旧松山・今治藩領における庄屋抜地事件
一、明治初年の行政処分
二、庄屋抜地をめぐる裁判の展開
第2章宇和四郡における無役地事件
一、無役地事件の経過
二、無役地事件の個別的検討
三、裁判闘争としての無役地事件
四、無役地事件の評価をめぐって
第3章両事件と訴訟当事者および法曹―代言人・弁護士と裁判官
一、両事件における当事者
二、両事件に関与した代言人・弁護士
三、裁判官たち (一) 庄屋抜地事件の裁判官たち
四、人的側面から見た庄屋抜地事件と無役地事件
第Ⅱ部 藩政期における庄屋役地の形成と展開
第1章伊予三藩における割地制度の歴史
一、宇和島藩
二、松山藩
三、今治藩
第2章庄屋役地の形成と展開
一、庄屋役地設定期の問題
二、入庄屋の場合
三、庄屋役人の年貢負担
四、地ならしの機能変化
第3章庄屋役廃止後の村方事情
一、和気郡諸村の庄屋貫地処分
二、和気郡堀江村の紛争
三、庄屋抜地訴訟判決にみる村方事情
四、松山藩各村地ならしの逐年的推移
第4章庄屋役地をめぐる理論問題
一、割地制度と地ならしに関する諸説
二、割地制廃止をめぐる問題
三、地ならしと庄屋役地の関連
四、庄屋役地の所有主体
本書の総括
史料集
一、 庄屋抜地事件判決集
二、 無役地事件判決集
あとがき
前書きなど
(前略)私は、庄屋抜地事件と無役地事件という絶好の素材を得て、訴訟事件の全体を明らかにする訴訟事件史を試みたいと思った。訴訟事件を事件の内容や帰趨だけでなく、当事者や代言人(弁護士)を検討し、さらには舞台となった地域の実情を明らかにする、すなわち一ないし一連の訴訟事件をトータルに観察するのである。そのためには、すべての判決を収集することが最初にすべき基本作業となる。
しかし、庄屋抜地事件および無役地事件の全判決を収集するのは大変だった。このうち松山地方裁判所の所蔵する判決は、かつて私が裁判所に日参して手書きで筆写したものである。だが、それ以外の判決、例えば庄屋抜地事件判決のうち、大審院から東京上等裁判所に差し戻されたものについては、手がかりがなかった。また、無役地事件関係の判決については、宇和島地方裁判所が空襲によって焼失したこともあって、近代史文庫の史料集に収録された若干の判決を除いては、杳として知れなかった。
近年このような状況を克服して、判決を収拾する途が開けるようになった。その第一は民事判決原本データベースの公開である。全国の裁判所が所蔵していた明治二三年までの「判決原本」がデータベース化され、国際日本文化研究センターから公開されている。かつて私が大童で筆写した判決の解読も、同データベースと照合することが可能となった。 第二は、小野武夫『日本村落史考』(穂高書房、一九四八年)の発見である。小野のこの書じたいは随分前に刊行されたものだから、「発見」と言う言葉は適当ではないのであるが、近代史文庫の史料集にも未収録であるし、また最近の研究でも全く顧みられていなかった。しかし私は、この書の中に無役地事件の未見判決を見て、全判決収集の課題に向かっての前進を確信した。
第三は、河野真一氏(宇和史談会副会長)から「梶原家文書」(宇和町先哲記念館所蔵)の中に無役地事件関係の史料があるらしいと教えていただいたことである。早速同記念館を訪れ、「梶原家文書」を調査させていただいた。(中略)
こうして本書に、私のささやかな論考だけでなく、庄屋抜地および無役地事件の今日知りうるすべての判決を収録することができた。判決集の公刊は、将来誰かが私の研究を越えて学問的検討を加える場合の足がかりとなるであろう。(後略)(あとがきより)