紹介
じん肺は、十分な防じん対策がなされていない鉱山、トンネル、ずい道、窯業、造船などの粉じん現場における労働によって粉じんを吸入した結果、呼吸中枢の肺や気管支が障害される不可逆的な疾病である。炭鉱夫のじん肺の司法判断を求めた北海道石炭じん肺訴訟 は、2005(平成17)年7月14日、国家賠償法上の国の責任を肯定した札幌高裁判決に対する国の上告受理申立を最高裁が受理しなかったことにより終結した。317名の被災者全員への損害賠償が認められただけでなく、国はじめ全ての被告が訴訟上謝罪して再発防止を誓った。
本書は、86名の弁護士が加わったその訴訟弁護団の、準備期間を含む20年間の歩みを記述するものである。集団訴訟の弁護団実務を振り返る内に後継されるべきものを探る。また本訴訟の後半10年は、司法制度改革の時期と重なっていることから、必然的に司法制度改革過程で問われた弁護士、裁判官の姿に触れることになるだろう。
本書は、①18年におよぶ裁判のなかで審理を担当した3人の裁判長それぞれのもとでの審理のハイライトおよび訴訟指揮の差異にも言及する。また②解決の直接の契機となった札幌高裁判決は、2004年の筑豊じん肺訴訟最高裁判決の大きな影響を受けており、この最高裁判決の意味を掘り下げて記述する。さらに③弁護団は、団長以外は役職をおかず、テーマ毎にワーキンググループをおくフラットな組織づくりに徹した。その特徴や意義、可能性と限界などについても述べる。
この訴訟の軌跡を辿り、各局面の取り組みの総括にもとづく活動評価を加えた記述集『燃える石炭 その陰で』(2008年11月刊、弁護団、原告団の共著)が公にされている。本書はその姉妹版というべきものであるが、弁護団の活動により焦点をあてている。
目次
序文 三津橋彬 / 元北海道石炭じん肺訴訟弁護団長
序章
1.じん肺との出会い――八王子・人権交流集会のことなど
2.どうして書き記すのか――本書の構成にふれて
第1章 炭鉱夫じん肺とじん肺訴訟
1.はじめに
2.じん肺
3.炭鉱坑内の労働とじん肺
(1)炭鉱労働者とじん肺
(2)炭鉱坑内の粉じん労働と粉じん防止対策
(3)わが国の炭鉱と石 炭産業
(4)北海道の炭鉱と石炭政策の展開
4.炭鉱坑内の労働によりじん肺に被災した労働者の権利
5.じん肺訴訟と司法判断
(1)企業の責任を問う根拠――安全配慮義務
(2)損害賠償請求の方式――包括一律請求
(3)消滅時効――時の経過のみを理由にじん肺被害が切り捨てられることを許すか
(4)国の責任を問う根拠――国による石炭産業の実質的支配と炭鉱労働者の労働環境 に対する深い関与の事実
Column1 じん肺訴訟のリーダーたち
参考資料 じん肺訴訟の意義と課題
第2章 北海道石炭じん肺訴訟
1.はじめに
2.訴訟のはじまり――北海道の炭鉱夫じん肺訴訟はどのようにはじめられたか
(1)ワーキンググループの中間報告――1985年夏
(2)被害者のみなさんとの交流と訴 状の作成と
(3)そして訴えの提起――1986年秋
3.訴訟の概要
(1)企業責任についてのとりあえずの覚え――じん肺発生に対する炭鉱経営企業の希薄な規範意識の底にあったもの
(2)消滅時効についてのとりあえずの覚え――合議体の考え方と向き合う
(3)損害についてのとりあえずの覚え――じん肺被害を損害としてどのように構成することが理に適うのか
Column2-1 『佐藤清次郎遺歌集』『戸澤寒子房句集』のことなど
4.第1回口頭弁論期日――1987年5月15日
5.第2回口頭弁論期日以降の訴訟展開
(1)村上敬一裁判長のもとにおける審理――第1回口頭弁論から第16回口頭弁論まで 裁判長に回避を求める / 進行についての「事実上の協議」 / 小玉孝郎医師の証人尋問 / 最初の証拠保全 / 三菱南大夕張炭鉱を検証
(2)若林諒裁判長のもとにおける審理――第17回口頭弁論から第49回口頭弁論まで 房村信雄証人尋問 / 被告企業毎の責任立証過程;国の責任についての主張をめぐる攻防 / 国の責任についての立証をめぐる攻防
(3)小林正裁判長のもとにおける審理――第50回口頭弁論から第70回口頭弁論・結 審まで
国の責任についての追加立証,原告本人の集中尋問,そして結審へ / 三菱和解(1997年4月25日)と他の被告の対応 / 口頭弁論再開・再結審;消滅時効についての合議体の姿勢が問われた結審後の和解手続
6.倒産北炭に対する債権を確保するために
7.札幌地裁判決への期待
Column2-2 審理や判決の内容は裁判長や裁判官の人格に左右されるのか――1審の手続をリードした4人の裁判長のこと
参考資料 じん肺被害根絶,全面救済へのうねり
8.札幌地裁判決――1999年5月28日
(1)三井の企業責任を肯定――安全配慮義務についての裁判例の到達水準に立脚した内容
(2)消滅時効の起算点についての平板な判示と三井の時効援用を認めて被害の切り捨てを容認する判断――じん肺被害と離れて「時効」を論理操作することの限界
(3)国の責任の否定――国の規制権限不行使の法適合性判断に含まれる問題
(4)仮執行宣言に基づく三井に対する強制執行
9.3陣訴訟の展開
佐藤陽一裁判長のもとにおける審理
10.控訴審における取り組み――札幌高裁の判断を経て最高裁決定まで
(1)札幌高裁における審理――じん肺被害は和解解決によることなくして救済されない
(2)三井との和解――2002年8月2日
Column2-3 三井との和解報告集会にて(2002.8.2)
(3)国の責任をめぐる和解・判決――2004年12月15日
Column2-4 国の札幌高裁和解案拒否を受けて(2004.12.10)
Column2-5 和解と判決と――原告団集会をめぐって(2004.12.12)
Column2-6 札幌高裁和解成立+判決後の集会にて(2004.12.15)
(4)国の上告受理申立に対する最高裁不受理決定――2005年7月14日
Column2-7 私が尊敬する三代の原告団長への報告――北海道石炭じん肺訴訟は全面解決しました
Column2-8 たたかいのとりあえずの総括について――解決記念集会にて(2005.11.26)
参考資料 北海道じん肺訴訟の“公益性”についてのノート
第3章 北海道石炭じん肺訴訟の位相――最高裁の関連する判断の意義を踏まえて
1.はじめに
2.北海道石炭じん肺訴訟最高裁平成17年決定の意義
3.司法制度改革のうねりはじん肺訴訟の判決内容や解決水準に影響したか
4.筑豊じん肺福岡高裁判決と最高裁平成16年判決
(1)福岡高裁判決
(2)最高裁平成16年判決
5.消滅時効についての最高裁平成6年判決
6.国の規制権限不行使にかかる最高裁平成元年判決,最高裁平成7年判決
Column3 依頼利益を実現する弁護士代理人として
第4章 北海道石炭じん肺訴訟弁護団について
1.はじめに
2.弁護団メンバーの活動の概要
3.弁護団の組織と運営
4.弁護団組織における「事務局」について
5.弁護団会議・合宿・共同討議
6.弁護団ニュース
7.全国的課題における東京と地元
Column4 「働くもののいのちと健康を守る全国センター賞」をいただいて
第5章 北海道石炭じん肺訴訟で私たちが学んだこと――三津橋彬元団長との対論
1.はじめに
2.対論の内容
(1)この訴訟にどんな思いで取り組んできたか
(2)弁護団組織のあり方に関わって,また,筑豊から学ぶことなど
(3)世論の支持,マスコミが果たした役割
(4)北海道石炭じん肺訴訟のエポックメイキング
(5)20年を振り返って
Column5-1 北海道と筑豊
Column5-2 北海道訴訟を支えて下さったみなさんについて
終 章 じん肺根絶の展望と北海道石炭じん肺訴訟
1.はじめに
2.聴覚障害者手帳詐取疑惑事件が示したこと
3.法定合併症としての続発性気管支炎の療養をめぐって
4.日鉄鉱業のじん肺被害への向き合い方を問う取り組み
5.トンネルじん肺基金の創設に向けて
6.新・北海道石炭じん肺訴訟の現在
7.政府広報「石炭じん肺訴訟の和解手続による賠償金等のお支払いについて」
8.じん肺根絶のためのILO/WHO国際計画
9.なくせじん肺全国キャラバン
Column終-1 雪の中集まっていただいた皆さんへのメッセージ
Column終-2 藤本明弁護士,馬場政道弁護士との共同について
[資料編Ⅰ]
資料1 「弁護団合宿などに提出したレポートから」のコンテンツ
資料2 意見書――筑豊じん肺訴訟控訴審結審弁論に際して(2000年11月7日)
[資料編Ⅱ]
資料1 北海道石炭じん肺訴訟弁護団 活動日誌
資料2 弁護団ニュースのメイン記事(1987年~)
[資料編Ⅲ]
北海道金属じん肺裁判の勝利和解
付表 北海道石炭じん肺訴訟関連年表
北海道石炭じん肺訴訟・参考文献
あとがき