目次
虫を騙す花に あなたも騙されてみませんか/中川光弘
第Ⅰ部 ランの多様性
第1章 ラン科の多様性と分類システム/高橋英樹
ラン科の特徴
分布・生育地
分類システム
有用性
引用文献
第2章 西オーストラリア州のラン多様性―ランのホットスポット―/キングスレイ・ディクソン,アンドリュー・ブラウン/高橋英樹訳
生育地
個体数
開 花
大きさ
着生種と地生種
受粉と繁殖
野 火
栽 培
参考文献
第3章 ランの楽園 中国四川省の黄龍渓谷/イボ・ルオ,リ・ドン,ホルガー・ペルナー/高橋英樹訳
黄龍における植物調査
黄龍渓谷のラン多様性
ランの生育地の特徴
黄龍渓谷のランの花暦
第4章 千島列島のラン/高橋英樹
全体像
分布パターン
思い出の種
引用文献
第Ⅱ部 ランの適応戦略
第5章 ランの適応進化シンドローム/高橋英樹
引用文献
第6章 ランの花の多様なかたち―“虫のまなざし”が創り出した最高傑作―
/杉浦直人
呼び寄せたいのは?―花粉媒介者の種類
呼び寄せるには?―花色と花香の役割
呼び寄せたなら!―報酬と花形の役割
だますためには?―ニセ信号の役割
おわりに
引用文献
第7章 レブンアツモリソウの花生物学/杉浦直人
花粉媒介者
だまし受粉と花形態の機能
招かざる訪花者
稔実率と稔性種子率
おわりに
引用文献
第8章 菌なしでは生きられない植物・ラン/遊川知久
ユニークなランと菌の共生
ラン型菌共生―始まりの物語
進化とともに共生菌が多様化する―シュンラン属
菌に寄生するランは変わった菌と共生する
ランの成長とともに共生菌が変わる
引用文献
第Ⅲ部 ランの保全とその取り組み
第9章 日本のラン保全活動/高橋英樹
引用文献
第10章 レブンアツモリソウの保全活動/高橋英樹
種の保存法と保護増殖事業計画
保護増殖事業計画の課題
引用文献
第11章 北大植物園ラン科コレクションの過去・現在・未来/永谷 工
温室における洋ラン栽培の歴史
地生ラン栽培の歴史
北大植物園のランの未来
参考文献
事項索引
和名索引
学名索引
前書きなど
虫を騙す花にあなたも騙されてみませんか
ラン科はキク科,マメ科と並ぶ世界三大植物科のひとつで,およそ2万の種数を誇る。園芸植物として世界中の人々に愛され,その華麗な花の形・色・香りは人々を魅了してやまない。そしてその植物らしからぬ生きざまは,食虫植物とともにダーウィンをはじめとする多くの植物学者の興味を引いてきた。花と花粉媒介者との密接な関係,菌類とのパートナーシップなど,生物どうしが互いに絡み合う競争と共生の世界がそこにある。ランの多様性を明らかにすることは地球上の生物多様性を理解することに,その生きざまを明らかにすることは地球生態系の生物間相互作用を理解することに通じる。本書においては,世界のラン科の多様性理解のため,南半球西オーストラリアのラン多様性とその繁殖戦略について現地の研究者に熱く語ってもらった。まさに世界のランの一大ホットスポットといってよいだろう。次に中国南西部の黄龍渓谷のラン多様性について,当地の保全活動に関わってきた研究者が詳述する。アツモリソウ数種の花の競演はまことにみごとで,さすが植物多様性の本場中国である。そして極限の地,千島列島にいたってもラン科植物はしぶとく生き抜いている。ランの進化は適応進化シンドロームとみることができる。栄養をもたない多数の微粉種子,花粉粒どうしが合着した花粉塊,特化した唇弁をもつ左右相称花,これらは共演する花粉媒介昆虫や菌根菌との緊密な関係から導き出された適応形質で,互いに連関する複数問題の「解」でもある。このみごとなランの適応進化の実態が紹介される。そして受粉者を誘惑し騙す華麗・優美なランの花には,人間も誘惑されることとなった。ラン科植物の多くが盗掘・乱獲され,また自生環境の破壊によりレッドデータ種となり,絶滅の危機に瀕している。自然保護区の設定と維持,種保存のためのランの育成管理・栽培増殖技術の開発など人間が野生ランのためになすべきことは多い。これら日本での保護増殖事業の一端についても述べる。本書は2016年にリニューアル・オープンした北大総合博物館の夏の企画展示として催された「ランの王国」の展示図録という形をとっているが,内容はラン科全体を理解するためのよい植物学入門書となっている。さあ,本書をすでに手にとったあなたもランの花に騙されて本書を読み進めてみませんか?
(「はじめに」から)