前書きなど
はじめに──野上 暁
◆子どもの感性をゆたかに育み、混迷する世界の中で、生きぬく力を養う児童文学の名作◆
2011年3月11日に起こった大震災と福島原発事故により、東日本の広い地域が大きな被害を受けるとともに、社会の在り方や生き方も根底から問い直す必要性が問われてきています。政治も迷走し、昨今では戦前のファシズム前夜のような危険な兆候さえも見え始めています。
このような不安定な時代だからこそ、優れた文学を読むことから想像力を培い、感性をゆたかにして考える力を鍛えていってほしい。時代の波に翻弄されることなく、一人一人が自分の頭で考え判断し、戦前のファシズムに向かった過ちを決して繰り返さないためにも、未来を担うこれからの世代に、ぜひ読んでほしい読み物を選りすぐりました。
日本の児童文学は、十九世紀の終わり頃(明治二十年代)の近代文学黎明期に、そこから派生するかのように誕生し、多種多様な作品を生み出してきました。子どもに向き合い、その時々の社会や世相を映し出しながら、何をどう子どもたちに伝えるかを、真剣に模索してきました。
とりわけ敗戦後の児童文学は、再び戦争を引き起こすことのないように、戦争の不合理と平和への願いを熱く語る作品を、たくさん生み出してきました。貧困や差別や弱者への眼差しを真摯に問う作品、核家族化が進行する中で、家族の在り方を模索し、地域社会の崩壊により子ども集団が消えていく中で、子どもたちが抱えるさまざまな問題にも寄り添ってきました。豊かな想像力により、日常を超えた異世界の冒険を通して、現実社会を照射するユニークなファンタジー文学も、固有な展開をしてきました。
子どもを、はっきりと読者対象と意識して出版された最初の本は、巌谷小波の『こがね丸』だと言われています。「少年文学」第一集として、一八九一年(明治二十四年)刊行されたこの本の序文を森鷗外が執筆し、そこでこの作品を「穉物語(おさなものがたり)」と命名しています。それを受けた小波は「凡例」の中で、この本を「少年文学」というのは、「少年用文学」の意味で、ドイツ語の「Jugendschrift (juvenile literature)」から採っているが、日本は適当な熟語がないから、仮に「少年文学」と名付けた、これは鷗外の言う「穉物語」と同じだ、と記しています。これにより、しばらく子どもの読み物の呼称として「少年文学」が使われます。
小波はこの後、博文館から「日本お伽話」二十四冊、「世界お伽話」百冊を執筆刊行し、これらが大ヒットしたことから「少年文学」にかわって「お伽話」が一般化していきます。小川未明が一九一〇年(明治四十三年)に刊行した最初の童話集『赤い船』も、タイトル上に「おとぎばなし集」と記されていました。メルヘンの訳語として、「童話」が書名として登場するのは、大正期に入ってからですが、一般化するのは、一九一八年(大正七年)、鈴木三重吉が童話・童謡雑誌「赤い鳥」を創刊する前後からです。三重吉は「芸術として真価ある純麗な童話と童謡を創作する最初の運動を起こしたい」と自ら宣言し、日本の近代児童文学は新たな展開を迎えます。ちなみに「創作童話」「幼年童話」などの言葉も、「赤い鳥」から誕生しています。
これに反旗を翻したのが、昭和初年代に起こったプロレタリア児童文学運動です。その理論的支柱となった槇本楠郎が、一九三〇年(昭和五年)に刊行した『プロレタリア児童文学の諸問題』では、「赤い鳥」に象徴される童話文学を超階級的だと批判し、階級闘争の激化に伴い、児童もまた戦士であり児童文学はそのための武器であると檄を飛ばします。しかし弾圧に次ぐ弾圧で、作品的な成果を上げられず、検閲によりプロレタリアという用語も使えなくなります。「社会主義」に置き換え、それを「集団主義」に偽装した「集団主義童話」が登場し、それも「生活主義童話」と変形し、次第に「主義」が消えて「生活童話」として一般化して、戦後にも継承されていきます。
この生活童話を克服して、小説精神による新しい児童文学を作るべきだと主張したのが、早大童話会の学生たちで、一九五三年に童話会の機関誌「童苑」を「少年文学」に改称するため、〝「少年文学」の旗の下!〟と題するマニュフェストを発表します。これがきっかけとなり、旧世代の作家たちとの間で論争が起こり、この過程で日本の児童文学は新しい批評軸を獲得し、一九五〇年代末から六〇年代にかけて開花する、現代児童文学の素地を築き上げていくのです。明治期から現代にいたる児童文学史のエポックについては、各章末のコラムをご覧ください。なお、「児童文学」というジャンルには、厳密にいうと詩歌や戯曲なども含まれますが、ここでは読み物を中心に紹介しました。
六〇年代に入ると、高度経済成長の中で子ども商品全体が活性化し、児童文学の世界でも若くて意欲的な新人作家がたくさん登場してきます。また経済成長にともない、地域社会の崩壊、自然破壊や公害、核家族化や管理教育の進行など、子どもを取り巻く様々な問題も露呈してきます。児童文学は、そういった問題をも繰り込み、多種多様でユニークな優れた作品を輩出します。六〇年代末から七〇年代を通しては、まさに日本児童文学の黄金期で、この本で紹介する作品のほぼ三〇パーセントはこの時期に刊行されたものです。
「1 幼い子の文学」は、幼いうちから物語に親しみ、本の面白さを知り、物語の素晴らしさが堪能できる幼年文学の傑作ばかりです。「2 生きるということ」は、生きるとはどういうことかを、多様に考えるきっかけとなる作品。「3 家族とは何か?」では、家族観が変容する中で、親子が抱えるさまざまな問題が、子どもの視点から描かれます。「4 いろいろな友だち」では、地域社会が崩壊していく中で、孤立化を強いられた子どもたちの苦闘が浮かび上がってきます。「5 平和への願い」は、かけがえのない子ども時代を奪った戦争の無残さが痛切です。「6 描かれたヒロシマ・ナガサキ」は、子どもの視点からの、最初の被爆国ならではの証言です。「7 社会に向けた目」は、その時々の社会に目を向け、貧困や差別に立ち向かう姿勢が鮮烈です。「8 ファンタジーと冒険」は、日本独自のファンタジーと冒険が、想像力を刺激し物語の面白さを堪能させてくれます。
このように、八テーマに作品を配置しましたが、一つの作品の中には、作家の世界観や思想が多様に反映されていますから、単純にテーマで振り分けられるものではありません。そこに文学作品の深淵があり、汲めども尽きない魅力が秘められていますし、読み手の感性も豊かに磨き上げられるでしょう。
紹介した百一の文学作品は、本という形をとることによって現在までたくさんの読者に読み継がれてきています。そこで本書では、できるだけ最初に単行本になったときの書影を掲載しましたが、一部そうでないものもあることをご了承ください。
21世紀に入ってから、世界も混沌の度合いを強めてきています。次世代を担う子どもたちには、このような時代をたくましく生き抜く力を身に着けていってほしい。それは、いわゆる学力や知識の量とは違い、さまざまな困難に直面したとき、それを乗りこえて解決していく多様性のある知恵の力です。違った考えを持つ人の気持ちも理解でき、コミュニケーションできる力です。世の中の風潮に流されることなく、自分自身の考えをしっかりと持ち、はっきりと自己主張できる力も大切です。
子どものころから本に親しみ、いろいろな物語を体験しながら、日本語があらわす多義的でしなやかな表現を理解し、登場する人物の微妙な心理の綾に触れることによって、人の気持ちがわかる心の広さが培われます。知らないうちに言葉の力も養われ、自分の表現をゆたかにするだけではなく、考える力も鍛えられ、このような読書体験から、自分の頭で考え困難を打開していく知恵が育ち、混迷する時代を生きぬく力が蓄えられます。とりわけこの本では、それぞれの作家の代表作というよりも、社会や歴史や生き方について、さまざまに考えさせられる作品を意図的に選んでいますから、そこから汲み取ることはたくさんあると思います。
子どもを読者対象として書かれてきた、日本の児童文学の底力とでもいうべきものを改めて見直し、それらの中から、子どもたちはもちろん、かつて子どもだった人たちの精神をもさまざまに刺激する作品をお楽しみください。