前書きなど
あとがき――この本ができあがるまで(小鷹信光)
マニアとかフリークとかオタクという呼び方より、私は〝バフ〟(buff)という表現のほうが好きだ。少し古めかしいところも私に似合っている。この本の中身にもふさわしい言葉だ。
その〝ハードボイルド・バフ〟の元締めのようにいわれている私には、文中に出てくる『ハードボイルド・アメリカ』(一六六頁)、冒頭にいきなり登場する『アメリカ・ハードボイルド紀行』、そして何度も顔をのぞかせる『私のハードボイルド―固茹で玉子の戦後史』の三点のほかにも書名にハードボイルドがつく本がいくつかある。三十数年前に刊行された『ハードボイルド以前』(草思社、一九八〇)、『アメリカン・ハードボイルド!』(双葉社、一九八一)という怪しげなタイトルのアンソロジー、『ハードボイルドの雑学』(グラフ社、一九八六)の三点だ。これに本書を新たに加えて合計七点。これは世界ハードボイルド業界における個人最多記録であり、〝ハードボイルド・バフ〟賞にノミネートされてもいい数だと思う(もしそんな賞が存在するなら)。
これらの〝ハードボイルド本〟には、世に送り出すまでにそれぞれいろいろな苦労話があるが、七点目の本書はとりわけ〝難産〟だった。この本が私にとっては初めて体験する対談本だったからだ。
もっとも対談相手である逢坂さんにとってはそれほどのことはなかったろう。評論家の川本三郎さんとの対談をまとめた本がすでに何点かある逢坂さんは対談本には馴れている。一方、私のほうは、「好き勝手にしゃべるだけで一冊の本ができあがります」という担当編集者の甘い言葉に乗ってはみたものの内心大いに危惧していた。「うまい話には落とし穴がある」に違いないのだ。
なにはともあれ、この半年間の私の悪戦苦闘ぶりをざっと振り返ってみよう。
対談がおこなわれたのは今年の二月十二日。私は車に載せて運んできたスーツケース二個分の資料を神保町のマンションにある逢坂さんの仕事場に運びこんだ。重量は約三〇キロ。
逢坂さんも、〝対決〟の立会人である七つ森書館の担当編集者、上原昌弘さんも、私が持ちこんだ資料の山をあきれ顔で呆然と眺めていたが、昼食をはさんで正味六時間の長丁場の対談となれば、これでもまだ心配な量だった。しかもこの機会に逢坂さんにうけとってもらいたい〝おみやげ〟も別に一山用意していた。
私の資料依存症はいうなれば職業病かもしれない。これまでの六点のハードボイルド本も、思い返してみればうず高い資料の山から生まれたものだった。ペーパーバックも雑誌もパンフレットもDVDも、私にとっては職人の道具と同じで、これがすべて手元にそろっていないと仕事に手をつけられないということだ。
「しゃべるだけで本ができあがるはずはない」という不安を補うために持ちこんだ資料の山でもあったのだろう。
その日、対談の場で実際にしゃべったことはもちろん、本書の〝素材〟として用いられているが(当然、棄てられた部分もほぼ同量ある)、それを材料にして〝調味料〟で補いながら〝料理〟を仕上げていく作業がそのあとえんえんとつづいた。テープ起こしに始まり、担当編集者による大づかみな材料の取捨選択、配列のアレンジや継ぎ合わせの上にできあがった第一稿が、そのあとデータの補強や新発言の追加などを経て何度も姿、形を変えてふくらんでいった。書き下しよりも手間がかかったというのが本音である。
いま振り返ってみると、作業が難航した最大の原因は、対談本に不馴れな私が無駄なおしゃべりをしすぎてしまったことだった。よきナビゲイター役もつとめていただいた逢坂さんが話を本筋に戻そうと苦心していらっしゃる様子が本書のあちこちに出てくる。やっと本筋に戻りかけると、私がまたおみやげをとりだしたり、あらぬ方角に脱線してしまうやりとりがひんぱんにでてくる。
逢坂さんはハメットの話やハードボイルド論に真っ向から取り組みたかったのではないだろうか。ところが私のほうは、アメリカ映画のことやアメリカ旅行の話を好きなだけやれそうだと楽しみにしていた。
その微妙な思い入れの差があらわになってしまった部分を、逆に読者に読みとっていただき、おもしろがってもらうしかない。
そもそも私がハードボイルドという言葉を知ったのは亡くなった映画評論家、双葉十三郎さんの映画評だった。『マルタの鷹』を知ったのは、原書でも翻訳書でもなくヒューストン/ボガートの映画『マルタの鷹』だった。すべては一九四〇年代のモノクロのアメリカン・ノワールから始まったのである。
〝素材〟となった対談がおこなわれたあと、実際には五カ月かかってこの本は完成した。その間に日本推理作家協会賞の候補作が発表され、選考会がひらかれ、授賞式(六月十九日)が開催され、諏訪部浩一さんの『『マルタの鷹』講義』の受賞によって『マルタの鷹』がふたたび話題を呼ぶことになった。そんなことが現実におこっているあいだにこの本は成長と変化を重ねつつこの世に送りだされることになった。
〈小鷹〉と〈禿鷹〉シリーズの逢坂剛が〈マルタの鷹〉を肴にしてハードボイルドの徹底検証に挑んだ〝鷹づくし〟の本書を、古き良き時代のアメリカ映画バフに捧げます。