目次
『人権判例報 第8号』
【責任編集】小畑 郁・江島晶子
【目次】
◆ 速報 ◆
国家の積極的義務が認められた事例
Verein KlimaSeniorinnen Schweiz and others v. Switzerland, 9 April 2024(大法廷)/馬場里美
◆ 論説1 ◆
ヨーロッパ人権裁判所とロシアの関係―その限界と「遺産」/佐藤史人
◆ 論説2 ◆
ガザ地区におけるジェノサイド条約適用事件―共感共苦のナラティヴと国際司法のガヴァナンス/根岸陽太
◆ ヨーロッパ人権裁判所 判例解説◆
◆1 職業生活と私生活の関係
職業生活における措置による「私生活」への影響
― デニソフ判決 ―
Denisov v. Ukraine, 24 September 2018(大法廷)/渡辺 豊
◆2 実効的支配に基づく併合地域の管轄
ヨーロッパ人権裁判所による領域主権判断
― ウクライナ対ロシア(クリミア問題)決定 ―
Ukraine v. Russia( Re Crimea), Decision, 16 December 2020(大法廷)/尋木真也
◆3 刑事弁護人の公判不出廷
裁判所侮辱による制裁金と刑事手続上の権利の援用可能性
― ヨウンソン判決 ―
Gestur Jónsson and Ragnar Halldór Hall v. Iceland, 22 December 2020(大法廷)/河合正雄
◆4 妊娠を理由とする不利益取扱いと性差別
人工授精直後に就職した女性に対する雇用関連保険の給付拒否は、条約に違反する性差別か?
― ユルチッチ判決 ―
Jurčić v. Croatia, 4 February 2021/黒岩容子
◆5 域外軍事行動によって生じた人の死亡に関する調査義務
「特別の事情」による「管轄の連関」の成立
― ハナン判決 ―
Hanan v. Germany, 16 February 2021(大法廷)/和仁健太郎
◆6 風刺的パフォーマンスと表現の自由
都市中心部に立つ政治家の彫像をからかう行為は保護されるべきか
― ハンジースキ判決 ―
Handzhiyski v. Bulgaria, 6 April 2021/毛利 透
◆7 従業員の政治的表現の自由
SNS 上の「いいね!」がもたらす「職場に損害を与える影響」
― メリケ判決 ―
Melike v. Turkey, 15 June 2021/兵田愛子
前書きなど
(「編集後記」より抜粋)
ロシアのウクライナ侵略とイスラエルのガザ大量破壊戦争が、沈静化の見通しの全くないまま進行するなか、『人権判例報』第8号を世に送り出すこととなった。私たちとしては、これらの武力紛争で命を落とした多くの人々に、まずは、心からの哀悼の意を表したい。この惨劇を終わらせるために、私たちとしても知恵を絞りたいと思う。正直に言って、これほどまで公然と虐殺を連日見せられると、感覚を多少とも麻痺させないと正気を保つのはむずかしい。しかしながら、これらの武力紛争は、世界をその隅々まで「敵」と「味方」に塗り分けしようとするという意味、「世界戦争」の要素を確実にもつがゆえに、私たちの生活と地続きである。何度でも、ガザの子どもたちのことを思い起こしながら、この非道な世界を生きていることを確認しなければならない。
もっとも、こうした殲滅戦争が簡単に発生するという事態は構造化されているので、私たちとしてまずすべきことは、焦らず、人権に関する「法の賢慮」を鍛えていくという地道な作業を積み重ねることのほかにはないのではないか。そのように考えて、本号でも、ヨーロッパ人権裁判所の判例の解説を7本掲載した。あわせて、気候変動対策を求めた環境NGOの訴訟が、同裁判所で受理され、また勝訴判決を得るという極めて注目される事例が4月に現れたので、これをさしあたり「速報」として紹介することとした。さらに、2022年9月をもってヨーロッパ人権条約の締約国でなくなったロシアの、この四半世紀に及ぶ経験について、また、これもまた速報的性格をもつが、イスラエルのガサ大量破壊戦争に対する国際司法裁判所(ICJ)における事件について、それぞれ「論説」を掲載した。いずれも力作であるが、後者の〈論説2〉は、ICJのジェノサイド条約適用事件(南アフリカ対イスラエル)の仮保全措置(本年1月26日命令、3月28日命令で確認・修正、5 月24日命令)を取り上げ、丁寧に紹介しながら、法をめぐる諸言説の意義と限界について考えさせるものとなっている。なお、判例解説2で取り上げたウクライナ対ロシア(クリミア問題)決定は、ウクライナ侵略につながるクリミア併合についての人権裁判所大法廷決定であるが、この編集後記執筆中に、本号刊行直前の6月25日に判決が言い渡される、という一報が届いた。