紹介
近年、1960年代研究は極めて活発で、論争的な様相を呈している。また、60年代の
社会運動は、国際的な「同時性」が顕著であり、“global sixties”として把握する視点
も登場している。
本書は、米国を中心として日・西欧との国際比較を試みた初めての実証研究。
1960年代の様々な社会運動には運動グループ間の「越境」とともに、メディアの影響
も加わって、「国際的越境」も見られた。本書ではこの二重の「越境」に焦点を当てる
とともに、社会運動とその「越境」が各国の文化変容に与えた影響にも注目。
それは、1960年代の社会運動が政治運動としては挫折したケースが多かったにも
かかわらず、「文化革命」としては大きな影響を残した点を浮き彫りにする。
目次
目 次
序章 一九六〇年代研究の国際比較——証言と歴史研究の間………………………………………………油井大三郎 11
はじめに 12
一 創生期の新左翼とその多様性 14
二 新左翼運動の急進化とその原因 18
三 一九六〇年代学生運動の時期区分とその思想 23
四 新左翼の衰退原因 28
結びにかえて 29
第Ⅰ部 米国ニューレフトとヴェトナム反戦運動
1 民主的文化、社会変革運動、そして国際的六〇年代…………………………………デーヴィッド・ファーバー 35
一 民主的文化の国際的な探求 36
二 文化における反乱 42
三 ラディカルたちの新しい方向 45
2 「三つの世界」のなかのアメリカ「六〇年代」
——ニューヨーク自由大学とニューレフトの「革命」………………………………梅崎 透 51
はじめに 52
一 アメリカ知識人と「第三世界」 54
二 ニューヨーク自由大学(FUNY)の誕生 57
三 FUNYのあたらしい教育と政治 62
四 ポスト六八年 67
おわりに 69
3 アメリカにおけるヴェトナム反戦運動とその遺産
——ヴェトナム帰還兵・「アメリカの戦争犯罪」、国際的連関……………………藤本 博 71
はじめに 72
一 「ラッセル法廷」(一九六七年)とヴェトナム帰還兵の証言 74
二 VVAWの結成(一九六七年)から「ソンミ虐殺」の露見(一九六九年)へ
——米国内における「戦争犯罪」告発の開始 76
三 VVAWによる 「冬の兵士」調査会の開催と「戦争犯罪」告発の国際的展開 83
四 ヴェトナム戦争期における米国内の「戦争犯罪」告発の今日的遺産 88
結びにかえて 90
4 米国環境運動をめぐる二つの越境
——アーノルド・バインダー、ムレイ・ブクチン、ジョセフ・サックス…………小塩和人 93
はじめに 94
一 環境問題の気づき——六〇年代との関連 95
二 問題解決への対応——一つの越境 98
三 もう一つのソーシャル・エコロジー 101
四 日米環境法の関係——もう一つの越境 104
おわりに 108
第Ⅱ部 越境するマイノリティ運動
5 ガーナにおけるアフリカ系アメリカ人亡命者と一九六〇年代の「長く暑い夏」……ケヴィン・ゲインズ 111
はじめに 112
一 アフリカの年とパトリス・ルムンバの死 113
二 新しいアフロ・アメリカン・ナショナリズム 116
三 マルコムXとガーナのアフリカ系アメリカ人亡命者たち 118
四 トランスナショナルなシティズンシップとアフリカ系アメリカ人亡命者たちの遺産 120
6 「公民権物語」の限界と長い公民権運動論
——ウィリアムス、キング、デトロイト・グラスルーツの急進主義に関する一考察……………藤永康政 123
はじめに 124
一 長い公民権運動論——「公民権物語」と二元論の功罪 126
二 ロバート・F・ウィリアムス──南部と北部、アメリカと第三世界、非暴力と暴力の出会う場 128
三 デトロイト・グラスルーツとキング 133
おわりに 140
7 一九六〇年代の先住民運動——レッド・パワーと越境…………………………………内田綾子 143
はじめに 144
一 先住民運動と国内越境 145
二 レッド・パワーと越境の諸相 151
三 先住民運動と国際越境 156
おわりに 158
8 アメリカの福祉権運動と人種、階級、ジェンダー——「ワークフェア」との闘……土屋和代 161
はじめに 162
一 全米福祉権団体(NWRO)設立の背景 165
二 「就労奨励プログラム」と(再)貧困化 170
三 福祉権をもとめて 173
おわりに 182
第Ⅲ部 越境する女性運動
9 リスペクタビリティという問題
——一九六〇年代のアメリカにおける性とジェンダーをめぐる闘い………ベス・ベイリー 187
はじめに 188
一 リスペクタビリティの重要性 191
二 リベラル・フェミニズムの論理 194
三 根本的な対立 195
おわりに 199
10 ニューヨークの女性解放運動とラディカル・フェミニズムの理論形成…………………栗原涼子 201
はじめに 202
一 女性解放運動の原点としてのニューヨークラディカルウイメン 205
二 レッドストッキングズとフェミニズム理論構築 214
三 ラディカルフェミニズムの越境――家事労働有償化論争とレズビアンフェミニズムに見る国境、人種の越境 216
おわりに 219
11 日本のウーマンリブと「女のからだ」………………………………………………………豊田真穂 223
はじめに 224
一「女のからだ」とは 226
二 中絶は女性の権利か 232
三 ピル解禁をめぐる論争 236
おわりにかえて——「女のからだ」を通した経験とその越境 243
第Ⅳ部 一九六〇年代ヨーロッパの越境
12 ヨーロッパにおける「一九六八年」………………………………………ヨアヒム・シャルロート 251
一 遂行性の発見──ヨーロッパからアメリカへ、そして再びヨーロッパへ 252
二 一、二、三……ヨーロッパにおける沢山の一九六八年 255
三 一九六八年のポップ・カルチャーの次元 258
四 抗議運動の遂行的形式 259
おわりに 261
13 西ドイツ新左翼における「アメリカ」の受容………………………………………………井関正久 263
はじめに 264
一 アメリカ抗議文化の導入 267
二 ブラックパワー運動への傾倒 271
三 学生運動衰退後の「アメリカ」受容 276
おわりに 280
14 一九六〇年代フランスにおける政治文化の形成
——社会的アクターとしての『ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』…………中村 督 283
はじめに 284
一 「政治」から「政治的なるもの」へ 287
二 脱政治化から政治意識の覚醒へ 292
三 六八年「五月」と『ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』 297
おわりに 292
15 イタリア・カトリックの「六八年」——ミラーノの学生、聖職者の抗議運動を中心に…八十田博人 305
はじめに 306
一 「不同意のカトリック教徒」たち 310
二 運動の舞台としてのミラーノ 314
三 ミラーノの学生運動——カトリック大学を中心に 317
四 教会から社会へ 323
おわりに 328
あとがき………………………………………………………………………………………………………… 331
註……………………………………………………………………………………………………………… 21
索引……………………………………………………………………………………………………………… 1
前書きなど
あとがき
本書は、一九六〇年代を経験した世代と経験していない若い世代の研究者による共同研究の成果である。経験した世代にとっては自分の青春時代を再訪する懐かしさと苦しさがあった。ヴェトナム反戦運動や大学闘争に参加する中で変わっていった「自己」の確認は、一九六〇年代を体験した世代なら誰もが実感することであり、自己変革過程の再訪には「懐かしさ」が伴う。しかし、その体験の中には党派対立の「苦い体験」や運動に挫折し、大学を去っていった仲間の思い出なども重なるのであり、そこには「苦しさ」も伴うのである。
しかし、経験のない若い世代が一九六〇年代に学問的、思想的関心を持ってくれることは経験者にとってうれしいことであった。すっかり学生運動が影を潜めた時代に育った若い世代の研究者からすれば、書籍から学ぶだけでなく、体験者の証言から学ぶことも貴重なことであったのだろう。
勿論、本書は、一九六〇年代の社会運動に関する学術的、実証的研究をめざしたものであり、運動の政治性や党派性に対しては極力、批判的な姿勢を貫いて執筆したつもりである。その点で、直接運動に関わった指導者などの「証言」にみられる「熱さ」や「生々しさ」とは異なる基調にあると思うが、個々の貴重な「証言」を「全体史」のなかに組み入れることの重要さは多くのメンバーが自覚してきたと思われる。
本書は、二〇〇七年から二〇一〇年までの四年間、科学研究費・基盤研究Aの助成を受けて続けられた「一九六〇年代の米国における社会運動の越境と文化変容に関する総合的研究」(代表・油井大三郎)の成果である。米国に重点を置いたが、当初から西欧や日本の専門家も加わり、国際比較を追及してきた。二〇一〇年一二月一一日には上智大学アメリカ・カナダ研究所と共催で「一九六〇年代の「脱神話化」──国境と社会集団の差異を超えて──」と題した国際シンポジウムを開催し、米国、ドイツ、日本の国際比較をおこなった。
そのプログラムは次のようなものであった。
第一部 国際的越境のなかの一九六〇年代
司会 井関正久(中央大学)
報告 デヴィッド・ファーバー(テンプル大学)「民主的文化、社会変革運動と国際的一九六〇年代」
ヨアヒム・シャルロート(獨協大学)「『プラハの春』と『フランスの五月』の間──ヨーロッパにおける
一九六〇―七〇年代抗議運動の国際的次元──」
油井大三郎(東京女子大学)「一九六〇年代解釈の日米比較──証言と歴史研究の間──」
コメント 大嶽秀夫(同志社女子大学)
第二部 一九六〇年代の米国における社会運動の相互連関と文化変容
司会 小塩和人(上智大学)
報告 ケヴィン・K・ゲインズ(ミシガン大学)「ガーナにおけるアフリカ系アメリカ人亡命者と一九六〇年代
の『長く暑い夏』」
梅崎 透(フェリス女学院大学)「『三つの世界』の時代におけるアメリカ一九六〇年代──国境を越える
想像力と『連帯』」
藤本 博(南山大学)「アメリカにおけるヴェトナム反戦運動とその遺産―ヴェトナム帰還兵・『アメリカ
の戦争犯罪』、国際的連関──」
ベス・ベイリー(テンプル大学)「女性を定義する──一九六〇年代のアメリカにおける性とジェンダー
をめぐる闘争」
コメント 有賀夏紀(埼玉大学)
本書には、この国際シンポジウムに提出された米国三名、ドイツ一名のペーパーを翻訳の上、収録した他、日本側の論文は、国際シンポジウムでの報告者とそれ以外の研究会メンバー全員が新たに書き下したものである。
また、本研究プロジェクトでは、今後、一九六〇年代の社会運動に関する実証的な研究が着実に進展するためには一次史料の収集と公開が重要と考え、米国の関連史料に集中してマイクロフィルムによる収集に努力してきた。その結果、ケネディ・ジョンソン政権期の公民権政策関係、ヴェトナム反戦運動、左翼系地方誌、女性解放運動、先住民運動、環境保護運動などに関するマイクロフィルムを収集し、東京大学大学院総合文化研究科附属アメリカ太平洋地域研究センター図書館に寄贈した。同時に、このコレクションの内容と西欧における社会運動関係史料の保存・公開状況を説明したパンフレットも刊行し、上記図書館に寄贈したので、関心のある人に大いに利用していただきたい。
最後に、本書の作成についてであるが、四年間に渡り年四〜五回のペースで研究会を開催するとともに、海外調査にも従事した。また、合宿を開催して、各論文の相互連関をつける努力をした上で、国際シンポジウムででた論点を意識して最終的な構成を決定した。その上で執筆作業に入ったが、研究会専用のメーリング・リストで意見交換を進めながら、原稿の調整もおこなった。特に、全体の総論的な位置を占める序章の執筆にあたっては、第一次稿に対して西欧関係や環境保護運動関係のメンバーから貴重なコメントをいただき、内容を充実させることができた。勿論、最終的な文責は油井にあるが、記して感謝する次第である。
また、学術書の刊行がますます困難になっているにも拘わらず、あえて出版に協力してくださった彩流社の竹内淳夫社長に感謝を表明したい。彩流社では一九六〇年代に関する多くの出版を進めてこられただけに本書も彩流社から出版できたことを喜んでいる。
今後は、本書が多くの読者をえて、一九六〇年代研究の進展に少しでも貢献できることを願っている。
二〇一二年三月
編者 油井大三郎