目次
まえがき
土師ノ里 古室へ
奈良硫酸事件の衝撃
事件の真実とその後
大阪市立大学での女子学生への差別事件
大阪市立大学部落問題研究会の立ち上げと女子学生差別ビラ事件
心残りなのは
私の結婚―みやらけへ
第一話 みやらけの子もり唄 岸キヌエさん
第一章 赤いべべ(着物)
私のルーツ
妹のこと
娘時代から結婚へ
六・七 東淀川大空襲
疎開
戦後を生き抜いて
第二章 みやらけの唄
むらのくらし
解放運動を語る―解放運動と支部長との出会い
第二話 わが生いたちの記 山中四四九さん
プロローグ
喜寿の祝いにあたり 大賀正行
わが生いたちの記
私の実母、コンメちゃん
働き者の祖母 キヌ
芸人一座に加わって
結婚差別
ふたたび芸人生活へ
日之出へもどって
子ども全員とともに
私の自慢― 四人の子どもたち
おばあちゃん、ご飯あるか
エピローグ
母を語る 喜寿の祝いにあたり 山中多美男
ほんまに歌うことが好きですねん 土方 鉄
底辺に生きた部落出身の芸人として 大賀喜子
第三話 それでもわては生きてきた 谷上梅子さん
プロローグ
谷上梅子さんのたたかいの軌跡 大賀喜子
第一章 心だけは売れへんかったで
第二章 精いっぱい生きたで
家族
身売り
第三章 みやらけの梅子ねえ
部落解放運動との出会い
十人の養子を育てる
識字学級
自治会活動
法界屋と伝承歌の伝承
エピローグ
谷上梅子さんの死
谷上さんの最後の作品 中村隆貴
識字がうれして、うれしてな 日野範之
心の旅―大垣の日々 奥村直子
八幡白川町での日々 藤井秀美
谷川梅子さんの軌跡から学ぶ 大賀喜子
第四話 東宮原水平社のたたかい 十五人の証言から
プロローグ
忘れられた声を掘りおこす 大賀喜子
大阪少年水平社に参加して 森仙太郎さん
啓振会と東宮原水平社 北井悦治さん
正徳寺に啓振会の事務所を 澤本一恵さん
大阪労働学校と第二次共産党事件での検挙 小西幸一さん
軍隊内の差別糾弾 直訴事件 朝野庄吉さん
思い出すのは水国闘争 中田トキさん
軍隊での差別 京井正雄さん
文学青年だった 小西勝さん
モガだった私 川内ヒサエさん
さまざまな仕事 だましの行商も 山下藤太郎さん
日本一のお母ちゃん 井上シカエさん
恵まれた生活だったが…… 吉田好子さん
担任の先生からの差別発言 京井章さん
日之出に流れてきた 京井光国さん
特高からみた水平社 安味さん
第五話 三度の空襲
プロローグ
みやらけの人々の空襲体験 大賀喜子
「生き地獄」のなかでの息子の死 忠海隆三郎さん
五人の子どもの手をひっぱって 川内ヒサエさん
油でまっくろけの母 北井悦治さん
戦争に明け暮れた青春時代 井上千昭さん
戦争のきずあと 田中十三日さん
六月七日 中田豊子さん
どうしてやろ なんで なんで 鄭末鮮さん
エピローグ
崇禅寺の戦災犠牲者慰霊塔・霊記について 大賀喜子
第六話 朝鮮半島から来た人々
プロローグ
みやらけにたどりついた人々の証言 大賀喜子
人生は旅 帳末守さん
民族学校閉鎖と闘って 帳鳳舜さん
強制連行の記録 李泰浩さん
あとがき
前書きなど
まえがき(抜粋)
私は大学卒業後、四月から私立高校の教師となり、五月には結婚し、東淀川区の正行のふるさと「みやらけ(*1)」の住民になりました。
こうして、一九六三(昭和三十八)年五月五日に大賀正行と結婚し、新大阪駅近くにある、「みやらけ」の住民となりました。住まいは、新幹線被害者同盟の事務所のあった徳風園住宅の二階でした。
正行は、新幹線が「みやらけ」の真ん中を通り新大阪駅ができることに対し、ふるさとがなくなり、大阪駅周辺のようになってしまうのではないかと危惧していました。それで、「新幹線日之出地区縦断絶対反対期成同盟」を結成し、約千五百世帯を組織し、当時の国鉄と交渉し、新幹線駅にふさわしいまちづくりを掲げて、悪環境・不就学・失業と闘いました。
新幹線の工事開始で水脈が切れ、井戸の水が出なくなったり、新幹線開通とともに起こった電波障害に対しても、「被害者同盟」にも多くの住民が結集し闘いました。
私たちの新婚の家にも、みやらけの人々がしょっちゅう出入りしていました。この時、私は生まれてはじめて、被差別部落に生き、毎日の生活に苦労しつつも苦労をものともせず、笑い飛ばしながら、しぶとくしたたかに生きる、大らかな人々と出会ったのです。
*1 みやらけ…江戸時代、日之出地区は、「宮崎村」、通称「みやらけ」と呼ばれた。その後「東宮原村」となり、一九二五(大正十五)年、大阪市編入で「日之出町」となる。日之出地区を「みやらけ」「東宮原」「日之出」と称しているのは、以上のようないきさつがある。