目次
序章 グローバル化とアジア[高柳彰夫]
第1節 アジアとは
(1)確定することの難しいアジアの範囲
(2)「東アジア」「アジア太平洋」をめぐって
(3)「インド太平洋」
(4)歴史からみたアジア
第2節 アジアの多様性
(1)多様な地域の経済社会水準
(2)地域統合の多様性
第3節 グローバル化のなかのアジア
(1)多面的な側面を持つグローバル化
(2)アジアにおけるグローバル化――本書の論稿を参照しつつ
第4節 2025年に考えるグローバル化
第1章 アジアの市民社会スペースの保護と促進の可能性[高柳彰夫]
はじめに
第1節 市民社会スペースとは何か
第2節 Civicus Monitorから見る市民社会スペースの現状――世界の動向の中のアジアの傾向
(1)市民社会スペースの世界の動向
(2)世界でなぜ市民社会スペースが狭まっているか
(3)アジアの市民社会スペースの動向
(4)アジアで市民社会スペースが狭まる背景
第3節 市民社会スペースの保護・促進のために
(1)DAC市民社会勧告と市民社会スベース
(2)市民社会スペースに言及した市民社会政策――アジアと欧米の援助国の比較
(3)国際機関とCSOとの情報共有――ヨーロッパが支援する例とアジアでの可能性
(4)アジアにおける市民社会スペースの取り組みの障壁
おわりに――ヨーロッパの極右政党の台頭とトランプ2.0時代の市民社会スペース
第2章 アジアの環境危機と持続可能な発展[知足章宏]
はじめに
第1節 アジアの経済成長と持続可能な発展
(1)人新世のなかのアジア
(2)持続可能性、持続可能な発展とアジア
(3)SDGs(持続可能な開発目標)とアジア
第2節 ローカルかつグローバルなアジアの環境危機
(1)深刻化する大気汚染の複合的要因
(2)プラスチックの生産・リサイクル拠点としてのアジア
第3節 気候変動――アジアの持続可能性への重大危機
(1)気候危機の原因と被害
(2)ベトナム・フエにおける気候変動の影響
(3)フエで展開される地域・国際協力・学生の取り組み
おわりに
第3章 国境を越えた責任追及の効果とレガシー――カンボジア、フィリピン、ミャンマー[古内洋平]
はじめに
第1節 政治利用された特別法廷が残したものとは――カンボジア
(1)大虐殺から25年を経て始まった裁判
(2)ポル・ポト派による大虐殺
(3)特別法廷設置をめぐる政治的な駆け引き
(4)裁判への政治干渉と民主主義の衰退
(5)被害者参加の実態と評価
(6)特別法廷のレガシー
第2節 独裁者との国境を越えた闘いは成功したのか――フィリピン
(1)独裁という過去を正す長い闘い
(2)独裁体制下の人権侵害
(3)国境を越えた被害者たち
(4)社会の受け止め方
(5)被害者賠償の行方
(6)闘いは成功したのか
第3節 国際社会による責任追及は現地社会と連携できるか――ミャンマー
(1)軍によって支配された国
(2)軍による資源開発とその犠牲
(3)企業に対する責任追及
(4)責任追及は民主化運動に影響を与えたか
(5)ロヒンギャ問題の衝撃
(6)国際的な包囲網とNGOの役割
おわりに
第4章 アジア経済統合のいま――グローバル・バリュー・チェーンと米中対立の影響[杉之原真子]
はじめに
第1節 「アジア」地域の経済統合
(1)貿易と投資
(2)グローバル・バリュー・チェーン
(3)アジアの経済統合の基盤
第2節 「(東)アジア共同体」構想の歴史と二つの流れ
(1)アジア太平洋構想
(2)東アジア構想
(3)日本の姿勢
第3節 米中対立の深化とアジアの経済統合
(1)米国抜きのTPP(環太平洋パートナーシップ)
(2)RCEP(地域的な包括的経済連携)
(3)IPEF(インド太平洋経済枠組み)
(4)米中対立とアジアのバリュー・チェーン
おわりに――アジアの経済統合のこれから
第5章 国際労働力移動を考える――バングラデシュ、インド、そして日本から[木曽順子]
はじめに
第1節 国境を越える人・労働
(1)国際労働力移動の変化
(2)OECD諸国の移民流入
第2節 送り出し国から考える――バングラデシュとインド
(1)社会経済概況
(2)バングラデシュ
(3)インド
(4)海外出稼ぎのメリットとリスク
第3節 受け入れ国から考える――日本を事例に
(1)外国人労働者受け入れ政策の変容
(2)日本の外国人労働者
おわりに
第6章 アジアの少子高齢化と国際移動の女性化――韓国の結婚移住女性と多文化家族を中心に[金香男]
はじめに
第1節 急速に進むアジアの少子高齢化
(1)急激な少子化と人口減少
(2)急速な高齢化とケアの危機
第2節 東アジアの家族主義と国際移動の女性化
(1)家族主義と福祉レジーム
(2)アジアにおける国際移動の女性化
第3節 結婚移住女性の増加と多文化家族の現状
(1)国際結婚による結婚移住女性の増加
(2)多文化家族と多文化家族政策
おわりに
第7章 AIの進化と言語間格差――インド・東南アジアの事例を中心として[遠藤健太]
はじめに
第1節 AIの言語間格差とは
(1)「AI植民地主義」
(2)LLMにおける言語間格差の実態
第2節 先進国IT企業の取り組み
(1)インド・東南アジアのデジタル経済と先進国IT企業の投資戦略
(2)格差是正への貢献と限界
第3節 現地主導の取り組み
(1)企業・政府の傾向
(2)研究者コミュニティの可能性
おわりに
第8章 グローバル化する記憶と「アジア」の未来[矢野久美子]
はじめに
第1節 アジア共同体と歴史認識
(1)並木論文の論点
(2)「慰安婦」問題
第2節 グローバル・メモリー・レッスン
(1)ドイツから見る
(2)「犠牲者意識ナショナリズム」と記憶のグローバル化
第3節 グローバル・メモリーの未来
(1)変化する「共通の記憶」
(2)共鳴する「アジア」
おわりに
あとがき
前書きなど
序章 グローバル化とアジア[高柳彰夫]
第3節 グローバル化のなかのアジア
(……)
(2)アジアにおけるグローバル化――本書の論稿を参照しつつ
本書の各章は必ずしもグローバル化・グローバリゼーションを正面からテーマにしていないが、グローバル化と深く関連したテーマに取り組んでいる。経済、ヒトの移動、人権、歴史と記憶、環境、技術をめぐる問題を取り上げている。言い換えれば、本書の各章はアジアのグローバル化の状況や、アジア地域内での様々な関係の深化、統合の深化がグローバル化の一環としてとらえられることを明示または暗示する。紙幅の関係もあり、詳細なデータは各章に委ねることとして、各章に触れながらアジアにおけるグローバル化を概観してみよう。
グローバル化の時代は、アジア経済危機(1997年)があったが、アジアはおおむね高成長の時代である。前述のようにアジア諸国には新興国や高中所得国がかなりあり、経済成長の結果LDCsからの卒業を控えている諸国もある。経済のグローバル化の重要な側面がグローバル・バリュー・チェーンの深化であるが、第4章(杉之原真子)は、それと関連づけてアジアにおける共同体や広域自由貿易協定の構想や、近年の米中対立が与える影響を論じている。
アジアというと、ヒトの移動が活発な地域である。ヒトの移動はグローバル化の促進要因であると同時に、グローバルな様々な格差が背景にあり、またヒトの移動の「影」の側面として移動したヒトに対する人権抑圧もあるのは現実である。さらに世界中で多文化共生をめぐる論争も近年激しくなっている。ヒトの移動が送り出し国、受け入れ国の社会のあり方や価値観に影響を与えることは、第5章(木曽順子)と第6章(金香男)から読み取れる。
アジアといえば、民主化が注目された時期もあるが、現在、多党制民主主義が根づいている国もある一方で、権威主義体制の国、民主主義と権威主義を行ったり来たりする国、一党制国家の国、軍事政権やそれに近い国など、政治体制は多様である。人権や人権価値のグローバル化に対する対応の点でも多様である。第1章(高柳彰夫)と第3章(古内洋平)は、アジアにおける人権や関連するテーマにおけるネットワークの深まりと、人権価値に対する反発の両方の側面を論じている。また第3章と第8章(矢野久美子)は、戦争や紛争、人権侵害に対する記憶や責任追及のグローバル化をアジアの文脈で考察している。第8章は言うまでもなく、記憶のグローバル化が主たるテーマである。
地球環境問題と言われるように、環境問題は国境を越えるグローバルな問題としての性格は1980年代ごろから言われてきた。1992年の国連環境開発会議(地球サミット)で合意されながらも、多様な解釈があり、現実への適用をめぐる国際対立が絶えない「共通だが差異ある責任」原則の下、アジアの新興諸国(近年は温室効果ガスの排出量世界1位が中国、3位がインドである)の地球環境問題への取り組みが問われる。第2章(知足章宏)は、アジアの環境危機のグローバルな影響を検討する。
そして技術のグローバル化の現在の象徴的存在であるAIの深化が生む言語間格差の問題をとりあげたのが、第7章(遠藤健太)である。
本書はグローバル化の礼賛論・懐疑論いずれにも偏らず、各章はグローバル化と関連したアジアのダイナミズムを多様な側面から検証し、グローバル化をアジアが促進している側面やアジア社会やその価値の変容を描くとともに、格差をはじめ生じてきた課題も論じる。
(…後略…)