目次
序章 移動(モビリティ)を通して世界を見る[伊藤将人]
第1部 創る
第1章 なぜ、移住者は「救世主」となったのか?――白書から読み解く地方移住者への政策的まなざしの変遷[伊藤将人]
[コラム①]モビリティーズ研究と政策研究をつなぐ
第2章 共につくるモビリティ――クルマ社会の先にある「再・公共移動化」の可能性[野村実]
[コラム②]研究者が政策の現場に入ってみて気づいたこと
第3章 地域活動に参加する学生をめぐるモビリティ――島根県浜田市をフィールドとしたアクションリサーチ[田中輝美]
[コラム③]学生も交通弱者だ
第4章 地球環境への配慮による観光移動の改善――フランスの環境都市におけるエスノグラフィー[吉沢直]
[コラム④]フライトシェイムを飛行機に乗って調査する矛盾
第2部 暮らす
第5章 動き続ける地域、移りゆく暮らし――長野県軽井沢町における「モビリティのパラドックス」[鈴木修斗]
[コラム⑤]「断片的な情報の組み合わせ」から始めるモビリティーズ研究
第6章 不安定と流動性を生き抜くためのモビリティ――韓国慶尚南道南海郡の若年層の移住者を事例に[金磐石]
[コラム⑥]コロナ禍のオンライン調査の経験から学んだこと
第7章 「ここではないどこか」を求めて――移動生活の魅力と葛藤[住吉康大]
[コラム⑦]日記を読むということ、読まれるということ
第3部 遊ぶ
第8章 観光者の「移動中」という実践――東京圏の鉄道におけるモバイル・エスノグラフィーの試み[安ウンビョル]
[コラム⑧]「移動を追う移動」が感じさせたこと
第9章 観光行動の「結果」を読み解く――中国における日本人バックパッカーの旅行記を資料とした試み[澁谷和樹]
[コラム⑨]ビッグデータから観光者を捉える
第10章 移動の中で結びつき、離れるやり方――ゲストハウスにおける観光者同士の交流から[鍋倉咲希]
[コラム⑩]モバイルな人びとを待つ
第11章 セクシュアリティ・モビリティーズ――戦後沖縄にみる性をめぐる移動の批判的検討[小川実紗]
[コラム⑪]モビリティから歴史を再解釈する
終章 「モバイルな人びと」に向き合う私たち[執筆者一同]
索引
前書きなど
序章 移動(モビリティ)を通して世界を見る[伊藤将人]
(…前略…)
9.モバイルな人びとを描き出す11章
本書の構成は、3部に分かれている。
第1部では「創る」をテーマに、4本の論考が収録されている。いま、移動は地域や交通、気候変動などと関わる国際的・社会的な課題となっている。こうした移動と関連する課題を解決しようとするとき、期待されやすいのはイノベーティブで、新しい技術を活かしたものだろう。地方創生、自動運転やスマートシティ、二酸化炭素を排出しない移動手段の開発など、もちろん、それらも重要だが、私たちは革新的で、派手な解決手段以外の可能性にももっと目を向ける必要があるのではないか。
第1章の伊藤論文は、地方創生や地域活性化の文脈で期待が高まる移住者について、政策文書を歴史的に分析することで、理想化され、特権化された移住者像の確立経緯とその問題点を明らかにしている。(……)
いま、公共交通は運転士不足や利用者減少による危機を迎えている。こうした中で聞かれる「自動運転があれば解決するのでは?」という声に、第2章の野村論文は「いま困っている人を目の前に同じことが言えますか?」と返す。(……)
昨今、学校教育でも広がる地域貢献や地域活動だが、学生にとって大きな壁になるのが移動である。(……)第3章の田中論文は、地域に「行きたいのに、行けない」という学生の声と向き合いながら、状況の改善に向けて学生とともに取り組んだアクションリサーチの成果を通して、地域と移動の課題に向き合った成果である。
(……)第4章の吉沢論文は、フランスで環境に配慮した暮らしをする知人との出会いを通して、知人がなぜ移動の仕方を変えたのか、どのように環境に配慮した移動を実現しているのかを明らかにしていく。(……)
第2部では、「暮らす」をテーマに3本の論考が収録されている。多く人にとって、住まいとは、土着的で固定的な移動しづらいものだと思われている。しかし、実際には住まいをめぐる豊かで多様な移動が存在し、住まいや場所、空間は常につくり変えられている。住まいの変化には、時代の変化、社会の変化が投影される。それぞれの論考が明らかにする暮らしの模様は、移動と場所、空間を捉える新たな視点を与えてくれるだろう。
第5章の鈴木論文は、観光と移住が重層的に絡み合う長野県軽井沢町を事例に、動き続ける地域と移りゆく暮らしを、ライフスタイル移住という概念を通して明らかにする。(……)
(……)第6章の金論文は、若いアーティストや起業家などのローカルクリエーターたちが集まる韓国南海郡を舞台に、構造的な制約と不安定な生の中で、新しい人生の可能性を見出し、実験する戦略として移住・移動する若者たちの姿を描き出す。
(……)第7章の住吉論文は、定額住み放題サービスを運営する民間企業と連携して行った日記を活用した調査という独自の手法で、この問いに挑んでいる。
第3部では、「遊ぶ」をテーマに4本の論考が収録されている。21世紀の世界は、観光の全域化といわれるほど、あらゆる場所に観光という移動が入り込んでいる。そんな観光は、日常から離れて、異なる文化や社会に触れてまた戻ってくるという意味で「あそび」のようなものである。では、遊ぶ人びとは、どんな移動を通して、どんな観光を通して世界と触れ合っているのだろうか。観光という移動をめぐる実践や摩擦を明らかにするのが第3部である。
第8章の安論文では、研究者自身が移動者とともに移動しながら調査をするモバイル・エスノグラフィーという手法を用いて、東京を訪れる外国人観光客の鉄道移動のリアルを明らかにしている。(……)
第9章の澁谷論文では、2020年代の移動研究で大きな影響力を持つビッグデータを活用した移動研究の可能性を提示している。なかでも、オンライン上に投稿された旅行記に着目し、中国での日本人バックパッカーの行動変化に焦点を当てている。(……)
(……)第10章の鍋倉論文は、調査者が観光者とともに滞在し――ときにはゲストハウスで働くことを通して、流動性の中で人びとを結びつける仕掛けと、別れがあるから結びつきがあるという移動とコミュニケーションの実態を明らかにしている。
(……)第11章の小川論文は、過去の雑誌の表象や言説の分析を通して、戦後の沖縄における観光がいかなるかたちで消費され、発展してきたのかを、ジェンダーの観点から明らかにしている。(……)
以上が、全3部の概要である。個々の論考は独立しているため、ぜひ気になるものから読んでみてほしい。それでは、私たちと一緒にモバイルな人びとと出会うモビリティーズ研究という旅に出かけよう。