目次
                     はしがき
序章 リバース・ジェンダー・ギャップとは?[鴨川明子]
 はじめに――リバース・ジェンダー・ギャップの定義と本書の枠組み
 第1節 東南アジアにおける女性の高学歴化の現状
 第2節 女性の高学歴化の背景と要因の多国間並置
 第3節 グローバル・ジェンダー・ギャップ指数(GGGI)
 おわりに――東南アジアの人びとにとっての教育の意味とは?
第1章 高等教育リバース・ジェンダー・ギャップの世界的視点[二村彩菜/黒田一雄]
 はじめに
 第1節 世界の高等教育リバース・ジェンダー・ギャップの動向
 第2節 リバース・ジェンダー・ギャップが生じた要因
 第3節 今後の展開
 おわりに
第Ⅰ部 女性の高学歴化の光と影――統計的現状と要因を知る
第2章 マレーシア――進む、広がる高等教育のリバース・ジェンダー・ギャップ[鴨川明子]
 はじめに
 第1節 マレーシアの教育
 第2節 統計にみる女性の高学歴化
 第3節 女性の高学歴化の背景と要因
 おわりに
第3章 インドネシア――女性の高学歴化を後押しする宗教解釈と柔軟なライフスタイル[服部美奈]
 はじめに
 第1節 インドネシアの教育
 第2節 リバース・ジェンダー・ギャップの現状
 第3節 男子の教育不振?――PISA2018年調査のデータから
 第4節 家族政策とイスラームにみるジェンダー
 第5節 語りにみるジェンダー・教育・キャリア
 おわりに
第4章 フィリピン――男子の教育不振[市川誠]
 はじめに
 第1節 フィリピンの教育
 第2節 就学における男女差
 第3節 男女差の分析――男子の不振
第5章 タイ――拡大した高等教育機会を享受する女性たち[森下稔]
 はじめに
 第1節 タイの教育
 第2節 タイ高等教育の展開
 第3節 統計にみる女性の高学歴化の現状
 第4節 女性が高学歴であることの背景と要因
 おわりに
第6章 カンボジア――ジェンダー政策と女性の高学歴化:「白い布」か「宝石」か[羽谷沙織]
 はじめに
 第1節 カンボジアの教育
 第2節 カンボジアの高等教育
 第3節 ジェンダー政策と女性の高学歴化
 第4節 変わらない性役割観と女性をめぐるディスコース――「白い布」か「宝石」か
 おわりに
【コラム1】中国――少数民族自治区のリバース・ジェンダー・ギャップ現象:高学歴農村女性の光と影[姜珂児]
第Ⅱ部 「男子はどこへ問題」――ワークとライフを考える
第7章 インドネシア――自由を再定義する女性と多様なジェンダー解釈を受容する男性[服部美奈/ヌール・ネリ・マスルラ]
 はじめに
 第1節 研究の方法
 第2節 アンケート調査にみる大学院生のジェンダー意識とキャリア形成
 第3節 女性の学業とキャリアに対する認識の変化と新しい家族の形
 第4節 女性の職業の多様化と公務員数におけるリバース・ジェンダー・ギャップ
 第5節 「自由」の獲得――女性のキャリア選択とウェルビーイング
 おわりに
第8章 マレーシア――では、男子はどこへ?:働くために学ぶ、ポリテクニク男子[鴨川明子/ラムリー・ムスタファ]
 はじめに――新たな課題としての「男子はどこへ問題」
 第1節 高等教育の「男子はどこへ問題」の現在地
 第2節 もうひとつの選択肢としてのポリテクニク
 第3節 働くために学ぶ!?――ポリテクニク男子
 第4節 なぜ、ポリテクニクを選ぶのか?
 おわりに
第9章 マレーシア――公立大学におけるリバース・ジェンダー・ギャップ現象の意味:「かわいい」男子学生から考える複数の男性性[久志本裕子]
 はじめに
 第1節 マレーシアの高大接続と公立大学
 第2節 大学教員がみた男子学生と女子学生の態度の違い
 第3節 大学教員と学生の関係とその男女差
 第4節 考察とまとめ
【コラム2】フィリピン――男子はどこへ?:“Faustian bargain”の可能性から考える農村労働市場の一試論[岡部正義]
【コラム3】アメリカ――男子へのアファーマティブアクション[吉田翔太郎]
第Ⅲ部 ジェンダー二元論を懐疑し、超える――東南アジアの多様性と複雑さ
第10章 タイ――大学生の語りで読み解くタイ社会のジェンダー多様性[森下稔]
 はじめに
 第1節 タイにおけるジェンダー多様性
 第2節 大学生の語りに耳を傾ける
 おわりに
第11章 カンボジア――伝統芸能の継承とジェンダー規範の再考:カンボジア古典舞踊ロバム・ボランにおけるセックス、ジェンダー、セクシュアリティの交錯[羽谷沙織]
 はじめに
 第1節 カンボジア教育におけるセックスとジェンダーをめぐる議論
 第2節 ユネスコによる無形文化遺産登録と権力
 第3節 カンボジア王立芸術大学における古典舞踊ロバム・ボラン教育
 第4節 わざの継承における創られた伝統――「女性の優位性」の言説
 第5節 ゲイ男性古典舞踊家アオクの反論――男性舞踊家を「逸脱」ととらえるまなざし
 第6節 考察
 おわりに
第12章 フィリピン――フィリピンのフェミニスト神学[市川誠]
 はじめに
 第1節 第三世界・アジアのフェミニスト神学
 第2節 土着のフェミニスト神学の伝統
 第3節 マルコス・シニア専制期以降のフェミニスト神学の組織的普及
 おわりに
終章 リバース・ジェンダー・ギャップをローカルなまなざしにより読み解く[服部美奈/鴨川明子]
 はじめに――リバース・ジェンダー・ギャップという新しい時代の到来
 第1節 リバース・ジェンダー・ギャップ現象が起こる要因
 第2節 「男子はどこへ問題」
 第3節 女性が高等教育を受ける意味
 第4節 ジェンダー二元論を懐疑し、超える当事者の視点とローカルな文脈の重要性
 おわりに
 英語タイトル
 あとがき
 編著者・著者紹介
                 
                
                    前書きなど
                    はしがき
 多くの国々の高等教育段階において、男性よりも女性の数が上回る「リバース・ジェンダー・ギャップ(Reverse Gender Gap: RGG)」現象が進行している。本書はこの新しい現象に着目し、東南アジア5か国を主たる対象とする国際比較研究である。
 本書は、東南アジアにおけるリバース・ジェンダー・ギャップ現象の現状とその現象を生じさせる背景や要因の解明を試みる。その際、「女性の高学歴化」という切り口だけではなく、これまで光が当たりにくかった「男子の教育不振」と呼ばれる新しい現象にも着目する。と同時に、ジェンダーの二元論を批判的にとらえるセクシュアリティに関する事例も取り上げる。
 本書の構成は以下のとおりである。序章ではリバース・ジェンダー・ギャップ現象の概念と全体像を説明することにより、その現在地を示している。また、本書の問題意識と研究枠組みを説明している。
 第1章では、高等教育のリバース・ジェンダー・ギャップ現象をグローバルな観点から考察するため、高等教育・国際教育開発の専門家により、教育のジェンダー格差に関する国際的な研究動向と研究枠組みを提示する。
 次に、第Ⅰ部では、リバース・ジェンダー・ギャップ現象の一側面をなす「女性の高学歴化」について、主として統計をもとに各国の現状を示すとともに、先行研究や政策文書をレビューしながら、女性の高学歴化を引き起こす要因をできる限りわかりやすく整理する(第2章~第6章)。
 さらに、第Ⅱ部と第Ⅲ部では、東南アジアをフィールドに20年以上調査研究してきた比較教育学研究者が、各国の事例を紹介する。第Ⅱ部では、インドネシアとマレーシアの事例から、第Ⅰ部でみた「女性の高学歴化」がコインの表側とすれば、コインの裏側には「男性の非高学歴化」があるのか、あるいは非高学歴化というよりも高学歴化はしているけれども女性の勢いがそれ以上なのか、それとも男性はどこか別の場所に移動しているのか、さらには高学歴化する女性の傍らで従来とは異なるふるまいを演じるようになっているのか、といった男性の教育をめぐる様相を「男子はどこへ問題」と表現し、それぞれの社会構造や歴史的背景にも目配りしつつ、仮説的・冒険的に考察する。
 具体的に、インドネシアの章では、特に高学歴女性が従来のジェンダー規範とは異なる自由を主張し、自立した女性としての人生を歩もうとする傍らで、高学歴男性が女性の高学歴化やキャリア形成をどのようにとらえ、またパートナーとしてどのように支えるのかを考察する(第7章)。つづくマレーシアに関する2つの章では、職業技術教育を受ける「ポリテクニク男子」(第8章)と公立大学における「かわいい男子」(第9章)という対照的にみえる事例を提示する。インドネシアやマレーシアの事例から男子の「問題」に着目すると、不思議と女性がもつ教育の意味がみえてくるかもしれない。
 第Ⅰ部と第Ⅱ部が男性と女性という単純な二元論にもとづいて論じているのに対し、第Ⅲ部は単純な二元論から意図的に視点をずらし、それを疑い、乗り越えようとする地平から、リバース・ジェンダー・ギャップ現象をとらえなおす内容となっている。
 具体的には、ジェンダー多様性に寛容なイメージが強く、ジェンダーが「問題」になりにくいタイ社会における若者の生き方と(第10章)、政府が教育のジェンダー平等を目標に掲げ、大規模な女子向け奨学金政策を実施するカンボジアで並行して展開する、伝統芸能を通しての女性に対する性規範の強化とそれに抗するLGBTQの声を考察する(第11章)。さらには、世界経済フォーラムが発表するグローバル・ジェンダー・ギャップ指数(Global Gender Gap Index: GGGI)で常にアジアトップを走るフィリピンについて、フェミニスト神学という別の視点から考察する(第12章)。
 カンボジアとタイの事例は、ジェンダーの二元論からはこぼれ落ちてしまう側面に光を当て、ジェンダーの二元論を乗り越えようとする事例であると言える。また、フィリピンの事例は、ジェンダー平等指数の世界的なトップランナーのアナザーストーリーを通じて、世界標準において表向きに指示されるものと現実との乖離や、平等指標そのものの意味を問うこととなるであろう(終章)。アナザーストーリーという意味では、第Ⅰ部と第Ⅱ部に、中国、フィリピン、アメリカにおけるリバース・ジェンダー・ギャップ現象の最新事例をコラムとして掲載している。
 このように多様で複雑な、それゆえに魅力的な東南アジアの事例を提示することにより、比較教育学だけでなく、近接領域における「ジェンダーと教育」研究に対する新たな視座の提供を目指す本書を、広く一般の読者、大学学部生、大学院生、研究者の方々に手に取っていただくことを願っている。