目次
「移民・ディアスポラ研究」13の刊行にあたって[駒井洋]
はじめに[加藤丈太郎]
第Ⅰ部 特定技能制度における歴史的経緯と産業構造の変化
第1章 外国人研修制度から育成就労制度に至る歴史的経緯――「現実との乖離」の絶えざる内包[小林真生]
第2章 日本の産業構造の変化と特定技能制度[津崎克彦]
第Ⅱ部 特定技能における受け入れ業界と地域の現在
第3章 農業――長期志向になりにくい外国人雇用[藤田典子・ロバーツグレンダ]
第4章 漁業――漁船を占めるインドネシア人、養殖に増えるベトナム人[奧島美夏]
第5章 工業製品製造業――自社養成主義を中心に特定技能者を育成[上林千恵子]
第6章 縫製業――5年遅れの追加決定と事業者の声[長田華子]
第7章 建設業――業界特有の制度運営と経路の複雑化[惠羅さとみ]
第8章 宿泊業――「特定技能」による外国人労働者の雇用はなぜ進まないのか[山口恵子]
第9章 介護業――外国人介護人材受け入れの多層構造と特定技能制度の再評価[伊藤優子]
第Ⅲ部 特定技能人材を「人間」としてみる
第10章 労働者としての権利擁護の立場から[岩下康子]
第11章 家族をもち、共に暮らす権利を考える――リプロダクティブ・ジャスティスの視点から[田中雅子]
第12章 特定技能制度と雇用許可制の比較[宣元錫]
コラム1 特定技能制度の現場から見える課題と提言[渡辺郁]
コラム2 外国人労働者の人権、人格権、そして労働者としての権利は尊重されているのか[鳥井一平]
書評[駒井洋]
おわりに[加藤丈太郎]
前書きなど
はじめに[加藤丈太郎]
(…前略…)
本書の目的は、特定技能制度の導入とその展開が、日本社会にいかなる影響を及ぼしているのかを、制度面と実践面の双方から明らかにすることである。技能実習制度と接続しながら運用されている分野、独自の制度展開をしている分野、そして受け入れが困難なまま推移する分野など、多様な状況を横断的に捉えることで、制度の汎用性と限界を見定めることが重要である。また、本書は「人材」「労働力」ということばを超えて、外国人を社会の構成員として捉える視点を重視する。
本書は3部構成で、12の章と2つのコラムから構成される。第1部は「特定技能制度における歴史的経緯と産業構造の変化」とし、2つの章から構成される。第1章(小林)では、外国人研修制度から特定技能制度への30年以上に及ぶ変遷を通じて、制度の「目的」と「実態」の乖離がどのように積み重ねられてきたかを確認する。ここで示されるのは、特定技能制度がその前史の延長線上に位置づけられうること、そして制度の理念と運用のねじれが継続していることである。第2章(津崎)は、特定技能制度の創設背景を1990年代以降の産業構造の変化と人手不足の文脈で整理している。また、政策形成から労働組合が排除された現状への懸念を示し、今後の制度運用に労働組合が加わることの重要性が述べられている。
第2部は、「特定技能における受け入れ業界と地域の現在」とし、第1次産業から第3次産業に至るまで、各分野・地域でどのような課題が生じているのかを統計や事業主の声などをもとに整理する。
農業分野を扱う第3章(藤田・ロバーツ)では、実地調査を通して、技能実習と特定技能が制度上は区別されながらも現場では重複的に運用されている実態を明らかにする。また、農村地域における生活支援の困難さが農業分野における特定技能2号取得へのハードルとなっている旨がわかる。第4章(奥島)は、漁業分野における国籍別の受け入れ構造、漁船労働と養殖業の制度適用の違いに注目しつつ、国籍・業種にかかわらず就労・生活環境が不便で、地元の日本人社会との関わりが薄い旨を指摘している。
第5章(上林)と第6章(長田)では、それぞれ工業製品製造業および縫製業における受け入れ実態を扱う。工業製品製造業では、技能実習制度からの移行が主流である現状のもと、外国人労働者が企業内に囲い込まれる構造が制度と相互補完的に機能していることが示される。一方、他の産業とは異なり、5年遅れて特定技能制度に加わった縫製業では、地域ごとの制度への受け止め方には違いが生じており、全国的に均質には展開していない現実が浮き彫りにされる。
第7章(惠羅)は、建設分野における制度設計とその実装に焦点を当てる。建設は特定技能制度の導入が比較的早期に進んだ分野ではあるが、現場においては技能実習制度と併用される複雑な構造が制度運用の障害となっている。
第8章(山口)では、宿泊業における制度活用の停滞を取り上げ、制度と人材育成ニーズの不整合が受け入れの障壁となっている実態を分析する。介護分野に関する第9章(伊藤)では、特定技能制度が他制度と比較して一定の成果を上げつつあることが示される。その上で、介護職における外国人受け入れの多層的な制度構造を明らかにし、今後の制度再編に向けた検討課題を提示する。
「特定技能人材を『人間』としてみる」と題する第3部では、特定技能「人材」本人の声に耳を傾ける中で出てきた課題が挙げられる。また、日本に先駆けて外国人を労働者として受け入れてきた韓国との比較がなされる。第10章(岩下)では、日本社会における受け入れ環境を当事者の声をもとに分析し、制度がいかに生活実態と乖離しているかを示す。第11章(田中)では、妊娠・出産、家族形成といった生活領域における制度的制約を取り上げる。ここでは、移民(外国人)が制度の利用者であると同時に、生活者としての主体であることが制度の設計に十分反映されていない点が批判的に検討される。第12章(宣)は、韓国の雇用許可制との比較を通じて、日本の特定技能制度の位置づけを相対化し、今後の制度改編の課題と可能性を提示する。
本書には2つのコラムも収録した。コラム1(渡辺)とコラム2(鳥井)では、制度運用に携わる登録支援機関の視点と、支援現場に報告された具体的な相談事例が紹介される。これらは、制度が現実にどのように機能しているか、あるいは機能していないかを端的に示すものであり、本書の各章の議論に実践から厚みを加えている。
(…後略…)