目次
                     プロローグ
第1章 フランソワ・ケネー――「豊かな農業王国」の社会階級
 ケネーの時代のフランスの不平等
 社会階級とその収入源
 剰余の重要性
第2章 アダム・スミス――「豊かさへの道筋」と暗示的な所得分配理論
 アダム・スミスの時代のイングランドおよびスコットランドの不平等
 スミス、リカード、マルクスにおける社会階級
 繁栄する社会とは
 『道徳感情論』と『国富論』での富裕層への態度
 富者の所得の正当性を疑う
 社会が発展するなかでの賃金、地代、資本収益
 進歩した社会の実質賃金と相対賃金
 暗示的な所得分配理論と資本家への不信
 結論
第3章 デヴィッド・リカード――平等と効率のトレードオフは存在しない
 ナポレオン戦争時のイングランドの所得不平等
 所得分配と経済成長
 賃金、利潤、地代の進化
 階級闘争
 リカードの「思わぬプレゼント」
第4章 カール・マルクス――利潤率は下がっても労働所得への圧力は変わらない
 カール・マルクスの時代のイギリスおよびドイツの富と所得の不平等
 下準備――マルクス主義の鍵となる概念を整理する
 階級構造
 労働と賃金
 資本と利潤率の傾向的低下
 不平等の進化についてのマルクスの大局的な見方――ふつうに思われているより明るい
 パレートへ、そして個人間の所得不平等へ
 補論――グラッドストーン引用騒動
第5章 ヴィルフレド・パレート――階級から個人へ
 20世紀初め頃のフランスの不平等
 パレートの法則と社会主義に適用された「エリートの周流」
 パレートの法則か、パレートの「法則」か、それともそもそも法則ではないのか
 パレートの貢献
第6章 サイモン・クズネッツ――近代化の時期の不平等
 20世紀半ばのアメリカ合衆国の不平等
 クズネッツ仮説の定義
 曲線の定義は早すぎたのか
 復活の可能性
 クズネッツの貢献
 この本で検討した著者全員の地域性と普遍性
第7章 冷戦期――不平等研究の暗黒時代
 資本の私的所有のない体制――社会主義市場経済での不平等
 資本の国家所有という体制――計画経済での不平等
 社会主義での所得不平等研究の少なさ
 進んだ資本主義の下での所得不平等の研究
 崩壊の理由
 所得分配への新古典派的アプローチの批判
 資本主義の下での不平等研究の3タイプ
 国家間の不平等と国内不平等を結びつける
 エピローグ――新しい始まり
 謝辞
 解説[梶谷懐]
 索引
                 
                
                    前書きなど
                    プロローグ
 この本の目的は、経済的不平等の思想について、過去2世紀にわたる進化をたどることだ。基礎とするのは影響力の大きい経済学者の著作で、直接・間接に所得分配および所得不平等を扱っていると解釈できる文章を見ていく。とりあげるのはフランソワ・ケネー、アダム・スミス、デヴィッド・リカード、カール・マルクス、ヴィルフレド・パレート、サイモン・クズネッツ、そして20世紀後半の一群の経済学者だ(最後の人びとは、個人として見ると先の6人のようなアイコン的な地位に欠けるが、それでも集団としての影響力はあった)。これはある重要な分野――かつては突出して重要だったのだが、やがて日蝕のような暗黒期を迎え、それがまた、近年になって経済学思想の最前線へ返り咲いた分野――の思想史を扱う本になる。
 (…中略…)
 大きなポイントは、不平等の受け取りは時代によって変わるということ、以下のページで考察していく著者たちも、それぞれの時代や場所の条件に影響を受けていたということだ。そのことを理解すれば、不平等そのものが歴史的な現象だという重要な真実をつかむことができる。不平等を動かす力も社会や時代によってさまざまだし、不平等の受け取りも、信じているイデオロギーの機能によって違ってくる。したがって、一般的ないし抽象的な用語で不平等を語ることはできない。語れるのは、それぞれの不平等の具体的な特徴だけなのだ。
 この本のひとつの目的は、こうした時代と場所に特異的な特徴を解きほぐし、読者に、わたしたち自身の不平等観がいかにわたしたちの社会の重要な特徴に影響されているかを理解してもらうことにある。不平等についてのわたしたち自身の概念は、歴史と場所に規定された文脈によって形成されている。そのことが受け入れられれば、わたしたちは未来を考える能力を高めていけるのではないだろうか――未来がもたらすさまざまな課題に向けて。