目次
用語について
序文
はじめに
第1章 イデオロギー――ファシストが考える女の居場所
概念1――自然の秩序
概念2――常時戦争状態
概念3――神話的過去
自由への恐怖
第2章 過激論者――反中絶の極右たち
第3章 潜入――極右の政治を主流に運ぶネットワーク
第4章 同盟者――極右陣営に付く(一部の)女たち、伝統的な妻から反トランス活動へ
第5章 金――反中絶右派の資金源は誰なのか
第6章 政治家たち――極右はいかにして世界の政府を動かすのか
第7章 転換点――どちらの未来を私たちは選ぶのか
訳者あとがき[牟礼晶子]
解説[菊地夏野]
註
索引
前書きなど
序文
本書二回目の編集作業が終盤に入った頃、中絶の権利を全米に保障した一九七三年ロー対ウェイド判決が覆されたというニュースを聞いた。私は、中絶支持の活動家一〇人に話を聞く夢のように充実した一〇日間を過ごしたケニアの取材旅行から戻ったばかりだった。帰国したその日、夜の飛行機のせいでぼやけた目で見たこのニュースに、私は打ちのめされた。
意外だったわけではない。何年も前から私は、ローの終わりはいずれ来ると、ことあるごとに言ってきた。大惨事が来ると忠告しては疑いの目を向けられて話も聞いてもらえないカサンドラの悲哀を味わってきたのだ。全米で認められている中絶の権利は、いずれ必ず終わる。本書の調査の過程、本書で結実に至った数年の調査報道の仕事を通じて、私はこの恐怖と闘ってきた。トランプ政権下で勢いを得た白人キリスト教ナショナリズムは、女性の人権が壊滅するまで引く気はないようだ。この状況下、中絶の権利のために闘う者として、私たちは諦めるわけにはいかない。
私の職業はジャーナリストだが、本書はニュース記事ではない。おわかりのように最終編集でローの終わりを反映する手を入れているけれど、覆された事情や判決以降、女性と少女の身体に刃を剥いた恐怖を特定して、こと細かに記すことはしていない。
本書はグローバルノースで進む中絶への攻撃を強固に下支えしているミソジニーと、白人至上主義のパターンを読者に示すために書いた本だからだ。
同様に、本書の大部分はボリス・ジョンソンが首相だった当時、そして「イタリアの同胞」が同国の調査で支持率を急激に上げはじめる前に書いており、刊行までのリードタイムの制約下、できる限り最新状況に合わせて手を入れはしたけれども、ニュースサイクルを詳細に追うことはあまり意味がない。それよりも、女性の権利が変えられていく裏にあるパターンに着目してもらいたいと思う。
やがて、それを出版企画書にまとめて本書を執筆することになったのだが、中絶に対する極右の攻撃を報道しはじめた当時、私は反中絶運動の原動力はミソジニーと白人至上主義だと説明しては、ぽかんとした顔をされていた。中絶への攻撃が白人種抹殺にまつわる陰謀論とつながった極右の計略だと言っても、伝わらなかったのだ。
今はそれも変わってきた。変わった理由のひとつは、私が本書で追及している極右が女性の身体に抱く発想が、普通にそこここで聞かれるようになったことだ。インターネットの暗い一角に潜んでいた極端なネオファシストの中絶観、人種と性に関する見かたが、パイプラインを通じて政治の主流に流れ込んだのだ〔第1章参照〕。極右は中絶禁止を、人種大交替を巻き返す手段と見ている〔同上〕。このことをどうしても伝えたい。テレグラムチャンネルに生息するだけの気色の悪い出生主義者だと嗤っていられる状況ではもうない。中絶に反対する政治の指導者が、それを大声で口にするようになったのだ。
(…後略…)