目次
はじめに
インド北東部地図
Ⅰ インド北東部という地域
第1章 インドとインド北東部――奇妙な関係
第2章 北東部8州のなりたち――アイデンティティと州再編
第3章 地理と気候――山と川と雨
第4章 多様な言語――複数の語族の交差点
第5章 文字――インド系文字とローマ字の相剋
第6章 少数言語の文字化と識字教育――メガラヤ州のカーシ(カーシー)語の場合
第7章 イギリス官僚が見たインド北東部の多様性――学術的な視点の起源として
【コラム1】中根千枝が見たインド北東部の母系制
Ⅱ 歴史
第8章 前近代インド北東部史概観――カーマルーパからアホム王国まで
第9章 ヒンドゥイズム――女神信仰とヴィシュヌ信仰
第10章 インド北東部とイスラーム――スーフィーの活動を中心に
第11章 チベット世界とのつながり――交易、仏教、医療のネットワーク
第12章 植民地統治のはじまり――茶園の開拓と移民、山岳地での間接統治
第13章 アッサム平野におけるムスリム開拓民の移住――移民をめぐる政治的対立とインド・パキスタン分離独立時の影響
第14章 山岳地域における植民地支配の影響――軍事制圧と間接統治、キリスト教の布教を中心に
第15章 キリスト教がインド北東部にもたらしたもの――新たな世界観と近代化(あるいは、西洋化?)の波
【コラム2】インド北東部のクリスマス
Ⅲ 8州の特色
第16章 アッサム州――移民問題と独立運動に揺れる紅茶の産地
第17章 ナガランド州――山並みに鳴り響く「リサイクル」爆弾の鐘の音
第18章 マニプル州――紛争に翻弄され続けてきた「宝石の地」
第19章 メガラヤ州――雲のすみか いのち溢れる豊かな大地
第20章 トリプラ州――東ベンガルと関係の深い州
第21章 ミゾラム州――「平和な例外州」の光と影
第22章 アルナーチャル・プラデーシュ――インドで最初に朝日が昇る州
第23章 シッキム州――ヒマラヤを臨む「聖なる秘境」
【コラム3】国際スポーツ大会で活躍する北東部出身アスリートたち
Ⅳ 文化
第24章 稲作と人々の暮らし――ブラフマプトラ渓谷の豊かな文化
第25章 伝統とキリスト教信仰のはざまで――ホーンビル祭りで問われるナガの「伝統」文化
第26章 芸能――仮面と祭礼
第27章 ナガの特殊な音楽世界――伝統ポリフォニー・教会音楽・ポピュラー音楽
第28章 宗教と屠畜実践――インドでウシを屠り、食べる人々
Ⅴ 社会
第29章 変化の中の市民活動とNGO――多文化社会における課題と可能性
第30章 女性による平和活動――「母」としてコミュニティを守る女性たち
第31章 相互扶助と排斥――ミゾラム州における生涯参加型の市民社会
第32章 第2次世界大戦の亡霊を追って――北東インドにおける戦争観光
第33章 インド北東部のドキュメンタリー映画特集――植民地思想を骨抜きにできないか?
第34章 新型コロナウイルスの感染拡大――恐怖とロックダウン後の反動
【コラム4】ヒンディー語映画の中の北東部
【コラム5】インド本土における北東部出身者
Ⅵ 政治と開発
第35章 州政治の特徴――せめぎあう地域政党と全国政党
第36章 武装紛争と和平交渉のゆくえ――人権侵害と民族間衝突を乗り越えられるか
第37章 北東部の経済開発とコネクティビティ――地理的制約を克服するための取り組み
第38章 アジアのなかのインド北東部――閉ざされたハブ
第39章 幻のコネクティビティ――インド北東部とミャンマー
第40章 バングラデシュとの関係――人とモノの移動をめぐる複雑な関係
第41章 解決しないインド・中国国境問題――アルナーチャル・プラデーシュの場合
【コラム6】ミャンマーからの避難民問題
Ⅶ 日本との関係
第42章 「ジャパン・ラーン(日本戦争)」としてのインパール作戦――第2次世界大戦の戦場となったインド北東部
第43章 北東部への日本の経済協力――経済開発基盤整備から知的対話促進へ
第44章 アジア学院と北東インド――一線を乗り越え
第45章 日本文化への関心――日本文化イベント「ジャパン・キャラバン」を実施して
【コラム7】友情と和解の物語
おわりに
参考文献
前書きなど
はじめに
「知られざる地域」「秘境」――インド北東部はしばしばこういった言葉とともに紹介される。たしかに、中心に位置するアッサム州を除けば、この地域について聞いたことのある地名はあまりないだろう。ブータンとチベット、ミャンマー、そしてバングラデシュに囲まれ、細い回廊でインドの他地域とつながっている北東部は、周囲のほとんどを山岳地に囲まれている。州の境界は98%が国境線であり、他のインドとは異なる魅力にあふれた地域である。
この地域は東アジア、東南アジア、南アジアが文字通りつながる場所であり、多様な民族と文化の出会う場所である。山岳地には東南アジアのタイやミャンマー、ベトナムなどの山岳民族と多くの共通点をもつ人々が住み、また北部はチベット文化や仏教の影響を色濃く受けた文化を垣間見ることもできる。平野部のアッサムは、こうした山岳地出自の先住民と隣接するベンガル地域からの人々が互いの文化を維持しつつも交流や通婚を重ね、独自の文化を育んできた。植民地時代以降、茶園の労働者や開拓民として多くのネパール系住民や他州出身の先住民、そしてベンガル地域からのムスリム移民も迎え、インドの中でも文字通りモザイクのような多様な民族が共存する地域となった。
この地域があまり知られていない理由として、1990年代半ばまで、ほとんどの州は外国人が訪問する際、内務省の特別許可が必要であり、容易に訪問できなかったことがある。その背景には、主に山岳地を中心としてインドから独立や自治を求める運動が展開され、時にインド連邦政府と武装紛争に発展することも多かった。1950年代にナガの民族組織とインド政府の間で武装紛争がはじまると、外国人の入域は厳しく制限されるようになった。1970年代まで、紛争はマニプルやミゾラム、トリプラなど、外国と国境を接する山岳地に限られていたが、1980年代後半になるとアッサム州の平野部やその他の地域にも飛び火し、武装組織の数は大小あわせて100以上を数えた。
1990年代後半以降、徐々に政府との間に停戦合意が締結され、部分的に外国人の入域制限も解除となってきた。2011年にはそれまで入域が制限されていた州でも、観光を目的とすればかなり簡単な手続きで訪問することができるようになった。これをきっかけに、北東部を訪問する外国人も増え、この地域を対象とする若手研究者も増えてきた。特に文化人類学の分野でこの地域の独特な文化に興味を持つ若い研究者が増え、本書で紹介されているようなさまざまな側面が日本語で研究されるようになってきたことは非常に喜ばしいことである。まだまだ調査や取材などではビザを取得することが厳しい地域だが、本書をきっかけに一人でも多くの人に北東部の魅力を知ってもらえればと思う。