目次
Foreword(序文)[クイーン・モード幼児教育大学教授:カーリ・エミルセン]
はじめに
序章 公平な社会の実現に向けて
第1節 日本の幼児教育の課題とノルウェーの幼児教育
1.日本の状況と課題
2.ノルウェーの幼児教育に着目する理由
第2節 本書の目的と構成
第Ⅰ部 ノルウェーの幼児教育
第1章 ノルウェーの幼児教育と幼児教育政策の概要
第1節 概要と歴史
1.国の概要と歴史
2.行政の仕組み
3.教育制度
4.男女平等に向けた政策の変遷
5.女性の活躍に向けた取り組み
6.移民――サーメと新たな移民
第2節 保育施設の現況
1.就園率の変化
2.保育施設の就園率、施設数、保育者数の変遷
第2章 公平性および先行研究の検討と課題
第1節 本書における公平性と平等
第2節 先行研究の検討
第3節 4つの課題の設定(リサーチクエスチョン)
第4節 調査対象と概要
第Ⅱ部 幼児教育カリキュラムに見る幼児教育政策
第3章 公平性に向けた幼児教育カリキュラムの歴史的変遷
第1節 幼児教育カリキュラムの社会的背景
第2節 幼児教育政策の歴史と管轄省庁の変遷
第3節 幼児教育カリキュラムの内容の変遷
1.子どもと保育への注目の始まり――幼児教育カリキュラム制定前(1975~1994)
2.保育における男女平等の視点の登場――1995年版幼児教育カリキュラム
3.質の高い保育と子どもの男女平等――2006年版幼児教育カリキュラム改定
4.男女平等を含む多様性への注目――2011年版幼児教育カリキュラム改定
5.多様性を尊重する平等社会の実現――2017年版幼児教育カリキュラム改定
6.4つの幼児教育カリキュラムと社会の変化
第4章 幼児教育カリキュラムの現況と特徴
第1節 2017年版幼児教育カリキュラムの内容
1.幼児教育カリキュラムの構成
2.幼児教育カリキュラムの特徴
第2節 幼児教育カリキュラムに見る多文化、多様性の尊重と運用
1.文化的多様性の尊重の視点から見た幼児教育カリキュラム
2.移民の増加と文化的多様性の尊重への注目
3.政策における多様性の尊重
4.園で適用されている幼児教育カリキュラム
第3節 幼児教育カリキュラムに見るICT教育の重視――小学校との接続
1.幼児教育におけるICT
2.ICT教育政策
3.ICT教育における幼小連携を支える組織
4.ICT教育における生涯学習の基礎としての幼小連携
第Ⅲ部 保育者の専門性と公平性
第5章 公平性の伝え手としての保育者
第1節 保育者養成課程と保育者
1.OECD各国の保育者養成とノルウェーにおける保育者養成
2.2012年改定保育者教育の基本計画に関する規則
3.保育従事者国際調査TALISに見るノルウェーの保育者の意識
4.ノルウェーの保育者の課題
第2節 ジェンダーバランスと男性保育者
1.ジェンダーバランスに関する問題の背景
2.保育者のジェンダーバランスへの注目
3.男女平等教育と保育者のジェンダーバランス
4.平等政策と他機関との連携
5.ジェンダーバランスの現在
第3節 移民の保育者と言語の教育
1.移民の保育者に関する問題の背景
2.Norway Todayにおける移民の保育者の言語能力に関する記事の検討
3.保育者に求められるノルウェー語能力の要件
第4節 保育者養成とキャリアアップに関する政策
第6章 公平性に関する保育者の意識――インタビュー調査から
第1節 調査の背景および概要
1.保育者の幼児期の平等意識についての課題と背景
2.分析の対象および調査方法
第2節 保育者による幼児期の男女平等/多様性の尊重の意識の醸成に関する意味づけ
1.幼児教育政策の変遷と幼児教育カリキュラム
2.男性保育者に関して語られたこと
3.保育者の多様な背景に関して語られたこと
4.保護者に関して語られたこと
5.子どもに関して語られたこと
第3節 幼児教育関係者による幼児教育の現状と課題の意味づけ
第Ⅳ部 親の権利と子どもの権利
第7章 親・保護者の権利――保育への参加の視点から
第1節 保育における親の参加
第2節 親の権利
1.保育施設における親の育児の権利の保障
2.保育施設における親の役割と権利
3.親による保育施設に対する評価
第3節 子育てにおける父親の役割への着目
1.父親に関する問題の背景
2.政府による父親育児参加の促進
第8章 子どもの権利――子どもの権利条約と「参加する権利」
第1節 「子どもの権利」概要
第2節 子どもの権利条約批准の歴史
1.ノルウェーにおける参加する権利の尊重
2.批准に至る背景と批准後の子どもの権利に関する変遷
3.子どもの権利条約批准後の国内法
4.保育施設における子どもの「参加する権利」
第3節 子どもオンブズマンの活動
1.子どもオンブズマンによる「子どもの権利」の監視
2.活動を促す仕組み
第4節 絵本に見る子ども観とジェンダー
1.絵本におけるジェンダー意識
2.ノルウェーの選書リストの絵本の概要
3.絵本の主人公に見られる特徴
4.ノルウェーの選書リストの絵本に見る特徴
5.考察
終章 結論と今後の課題
第1節 結果の概要と考察
1.幼児教育政策の歴史的変遷
2.公平性に向けた取り組みの内容と方法
3.保育者の特徴および幼児の公平性に関する保育者の意識
4.ノルウェーの幼児教育における親の権利および子どもの「参加する権利」
第2節 今後の課題と展望
参考文献
あとがき
前書きなど
はじめに
北欧5か国の1つであるノルウェーは、1910年に地方選挙権、1913年に国政選挙権が女性に付与され、1981年という世界的にみて早い時期に初の女性首相が誕生するなど、男女平等が進む国として知られている。また世界で初めて、子ども家族省という「子ども」を名称に入れた省庁や、「子どもオンブッド」という子どもの権利の社会における実現を監督する組織が設置されるなど、労働政策、家族政策だけでなく、子どもに着目した政策を重ねてきた国でもある。
本書では、ノルウェーの幼児教育におけるジェンダー平等および公平性、多様性の尊重に向けた理論と実践をテーマにしている。同国では主に2000年以降、幼児期における公平な社会実現に向けた教育の重要性に着目し、子どもたちが男女に関する偏った固定的な役割意識を持たず、誰もが参加できる公平な社会の担い手になることを目指した教育政策がとられてきた。
子どもが持つ可能性のあるアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)は、保育者や周りの大人の言動によって、徐々に形成されてしまうものである。周囲の大人が、子どもを取り巻く環境および性別に関連した何気ない言動を意識することは、子どもたちの公平な意識を培うための小さな一歩となり、その積み重ねがゆくゆくは大きな意味を持つことになる。例をあげれば、女性保育者に偏りがちな保育施設において、男性保育者と女性保育者とのジェンダーバランスを均すことにより、子どもたちは子どもの世話が女性に偏る必要がないことに気づき、性別によってではなく、自らの適性や希望によって将来の進路の選択をする意識が養われる。また、多様な背景を持つクラスメートと一緒に、公平で多様性を尊重する関わりを経験できた子どもたちは、大人になってからも、互いの多様性に寛容な社会を築くことが可能になる。さらには、男女や家庭的な背景による将来的なデジタル格差の拡大を予防するためには、幼児期のICT教育が有効であり、小学校以上の教育に引き継がれる必要があるなど、ノルウェーでは幼児期からアンコンシャス・バイアスを防ぐための、多くの実践があったことがわかっている。これらを含むノルウェーの政策や取り組みから、多くの示唆を得ることが可能となるであろう。
本書が、子どもたち、そして大人たちが公平な社会の担い手となり、皆が「自分らしく」生きられる持続可能な社会に近づくための小さなきっかけとなることを願っている。