目次
はじめに
第1章 被害者意識のパラドックス――非行少年理解の実際
1 非行少年に関する「被害者意識」研究の動向
2 非行少年の理解
3 被害者意識
4 被害者意識と行動化への対応――自己決定の尊重
5 非行少年の家族の特質
6 非行事例の検討
7 事例3の考察
8 非行臨床の鍵――逆説には逆説を
第2章 非行性の理解と対応
1 非行性をどのように考えるか
2 非行深度と自我状態
3 非行性の二次元的理解の試み
4 二次元的非行性理解の実際
5 非行性診断上の具体的視点
6 事例による検討
7 二次元的理解による処遇の検討
8 二次元的理解における被害者意識の活用について
第3章 非行臨床の方法(1)精神分析とユング心理学
1 非行臨床と精神分析
2 非行臨床とユング心理学――影の心理臨床
第4章 非行臨床の方法(2)表現療法と非行臨床
1 表現療法と非行臨床――箱庭療法とMSSM法を中心に
2 発達障害の疑いと診断された少年への箱庭療法と表現療法の適用
第5章 非行臨床の方法(3)システム論的家族療法と精神分析的家族理解
1 はじめに
2 問題の所在
3 強盗致傷を起こしたAの事例
4 事例の考察
5 父親についての精神分析的理解
6 改めて父親の権威とは
7 二つの方法論を用いることの意義について
8 被害者意識との関連
第6章 非行臨床の方法(4)精神分析的ブリーフセラピーと被害者意識
1 はじめに
2 精神分析的ブリーフセラピーについての偏見と実践の歴史
3 用語の整理
4 モルノスの考え方と手法の基本
5 被害者意識への着目
6 ブリーフセラピーの諸派
7 おわりに
第7章 児童虐待死事例の心理学的家族分析――トラウマの再現性・再演性と被害者意識
1 はじめに
2 事例の概要
3 事件に至る経緯
4 死亡時のCの状態
5 被告AB兄弟の生育歴
6 家族分析および考察
7 おわりに
第8章 被害者と加害者の関わり
1 被害者支援
2 被害者の視点を取り入れた教育――少年院、刑務所での取り組み
3 修復的司法
4 おわりに――被害者支援と地域の解決力
第9章 被害者意識とストーカー殺人および無差別殺人――過去の犯罪事例の考察
1 ストーカー殺人
2 無差別殺傷事件
第10章 被害者意識の深層心理と日常生活
1 はじめに
2 被害者意識の深層心理
3 日常生活と被害者意識
4 加害と被害の逆転現象
5 被害者でありながら加害者意識が強いというパラドックスはあるか
6 被害者意識が蔓延する社会――空気を読む社会
7 無責任社会の構図
第11章 総合的考察
1 本研究で得られた成果と臨床的示唆
2 今後の課題と展望
文献
おわりに
前書きなど
はじめに
1.少年非行の理解と対応をめぐる問題
筆者は、約17年間にわたって、家庭裁判所調査官(調査官補も含む)として、少年非行や家庭問題に携わってきた。1998年4月に立正大学社会福祉学部に職を転じたが、その後も、刑事裁判の情状鑑定において、少年および成人の犯罪に関わってきた。また、被害者支援活動にも積極的に関わり、児童養護施設においてスーパーバイザーとして、特に非行に関与した児童への対応、被虐待児童の理解と対応についても深く関わってきた。つまり、加害者と被害者双方の心理臨床実践に取り組んできたことになる。そんな中で、筆者のとり続けた姿勢は「犯罪を繰り返す少年は、加害者でありながら被害者意識が強い」という視点であった。これを筆者は「被害者意識のパラドックス」と名付けた(第1章参照)。
これは、加害者は加害者として、あるいは、被害者は被害者として、別個のものとしてとらえるのではなく、両者を相互に関わりのあるものとしてとらえるべきであるという視点である。筆者の心理臨床の基本的な姿勢から考えると、この視点は筆者がたどり着くべき必然的な姿勢と考えることができる。
2.本書(本研究)の目的
本研究は、非行少年の特質を検討しながら、少年非行や犯罪を理解し、その対応を検討していくことを目的とする。その際、「被害者意識(前述)」に着目して、少年非行や犯罪を理解していくことの意義や有効性を検討してみたい。具体的にいうと、被害者意識に着目して、筆者が研究を重ねてきた少年非行の理解と対応について検討し、さらに筆者の非行臨床についての技法論も紹介しながら、その技法論についての検討を試みることにする。技法論の論考については、まずは、筆者の非行臨床技法論そのものを系統的にまとめてみることを第一義的な目的とし、その上で、被害者意識との関連を検討する。
技法論においては、精神分析、ユング心理学、家族療法のそれぞれの視点を重視し、それぞれ考え方を異にするこれらの技法論の統合的な適用も検討したい。コンテンツとコンテクストという概念(東,2010)から考察すると、精神分析・ユング心理学と家族療法は、前者はコンテンツ、後者はコンテクストを扱う心理療法と考えられ、基本的な考え方の土台が異なっている。これらの技法を同じケースで統合的に使用することは、矛盾をはらむことになるが、この矛盾をどのように考えるかも考察したい。また、精神分析は言葉を中心的なツールにして展開される、すなわち言葉のやり取りによって展開されるが、ユング心理学ではイメージを扱うことも重要である。非行少年は言語表現が苦手であることが多く、描画、箱庭などのイメージを主体とする方法が有効になることが多い。言葉(精神分析)とイメージ(ユング心理学)という、両者のアプローチもやはり基本的に異なる面がある。非行臨床へのユング心理学の適用、すなわちイメージを用いたアプローチの適用の意義を考察する。その代表として、箱庭療法やMSSM(山中,1984;1992)を取り上げる。
(…後略…)