目次
序文[村岡潔]
序章 共生ならざるものから考える共生[朴光駿]
はじめに
1.共生ならざるもの
人種という神話
人間を排除するということ
2.人種差別――近代ヨーロッパの発明品
不寛容はすなわち社会の衰退
偽りの科学を動員した人間差別
人種主義の被害者としてのアジアとアジアの中の差別
3.人種主義者とその反対者
人類の分類:人種主義パラダイムの基礎
人種主義の主唱者:ヒュームとカント
人種主義への科学的反論:ボアス
4.共生の人間観と自立神話
共生の人間観:相互依存の存在
共生と自立神話
5.共生の概念定義のための3つの基準
共生の概念を具体化するための基準
基準①:人間を対象とすること
基準②:行動・態度の変化を伴うこと
基準③:すべてのメンバーに態度の変化を求めること
第1章 共生行動としてのケアとケアラーサポート[朴光駿]
はじめに
1.ケアの用例
2.ケアの本質と概念定義
クーラ説話が示唆するもの
ケアの概念定義
ケアの質に関わる2つの現実的特徴
3.ケア労働の4つの特性
対面的実践行為
「過剰負担」の際に問題となる
関係性と相互性
感情労働
4.ケアラーとしての女性
女性劣性観と道徳規範の公式化:欧米と日本
「もう1つの声」
ケア民主主義の論議
ケアラーへの支援
「ケアコミュニティ」という共生の理念――むすびに代えて
第2章 病者・障害者・不健康者との共生―ケアの人類学の視点から[村岡潔]
はじめに――ケアと社会
1.ケアの3つの担い手
(1)アマチュア・セクター
(2)プロフェッショナル・セクター
(3)セミプロフェショナル・セクター
2.ケアの授受の背景――We/They 2分法、文化的生態系、異邦人原理
(1)We/They 2分法
(2)文化的生態系
(3)病気・障害・不健康という仕分けの問題
3.共生とケアの授受の代理苦理論――ケアラーとケアリーの互換性をめぐって
犠牲者非難イデオロギーと「代理苦理論」
おわりに――《病者》のプライベート言語へのアプローチ
第3章 共生とケアをつなぐ家族を考える――憲法学からの問題提起[若尾典子]
はじめに――ケアをめぐる「家族」の政治化
1.憲法24条の「家族保護」規定の欠落は、どのように受け止められたのか
(1)牧野英一の「家族保護」論
(2)1956年自民党の24条改憲論
2.どのように「家族保護」政策が形成されたのか
(1)『児童福祉白書』の提起
(2)『保育問題をこう考える』
3.なぜ、母子福祉法4条は「家族の自助努力」を要請するのか
おわりに
第4章 さまざまな困難の中で育つ子どもたちとの共生[武内一]
はじめに
1.小児科学と小児科学会
(1)小児科学の誕生
(2)日本小児科学会
2.出生前診断をめぐる倫理的論議と共生思想
(1)新出生前診断(NIPT)
(2)障害をもつもの、胎児への倫理的論議
(3)共生思想の発見
3.「この子らを世の光に」とケイパビリティアプローチ
(1)この子らを世の光に
(2)はだかのいのち
(3)国際生活機能分類(ICF)とケイパビリティアプローチ
4.医療の視点からみた子どもの貧困
(1)子どもの貧困への気づき
(2)子どもの貧困をめぐる医療からの研究――初めての全国調査
(3)子どもの貧困をめぐる医療からの研究――ケイパビリティの最適化
5.新型コロナ感染症の影響――全国子育て世帯調査
(1)コロナ禍の影響――親の回答項目から
(2)コロナ禍の影響――子どもの回答項目から
6.ケイパビリティの最適化の視点
(1)子どもの権利条約と子どもたちの声
(2)貧困は構造的暴力
(3)ケイパビリティの最適化をめざすアプローチ
7.子どもと共に進める研究
(1)コロナ禍の子どもたち
(2)子どもの権利条約に基づく子どもの権利対話
8.当事者と医療界の協働の可能性:地球の未来
(1)細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会
(2)子どもたちこそが主体者
第5章 共生のルネサンス――障害のある人々の平等回復のために[鈴木勉]
はじめに
1.原始時代の末期、人類は障害のある人たちと共生していた
2.国家の成立と障害者問題の発生
3.市民革命期の平等論――「能力にもとづく平等」論のパラドックス
4.糸賀一雄の重症心身障害児観――「この子らを世の光に」
5.現代平等思想としてのノーマライゼーション
(1)反ナチズム・平和思想としてのノーマライゼーション
(2)ノーマライゼーションとは何か
6.現代平等論の地平――「障害のある人の権利条約」の成立
(1)「障害者権利条約」批准の意義
(2)ノーマライゼーションとインクルージョン
(3)障害者権利条約における障害がある人々の平等回復のための「3つの措置」
7.「自助・互助」を優先する「地域共生社会」論
(1)自助の前提としての公助
(2)新自由主義と新保守主義
(3)新自由主義福祉改革のトップランナーとしての介護保険制度
(4)家族扶養を優先する理由
8.共生社会の実現のために――共同作業所運動の貢献
(1)共同作業所運動の特質
(2)住民の障害者観・福祉観の転換
(3)「レディメイド」から「オーダーメイド」型福祉行政への転換を示唆
(4)「連帯・協同」組織の位置づけと「公的責任」をめぐって
第6章 高齢者との共生と高齢者ケアレジーム[朴光駿]
はじめに
1.2つの高齢者観とその意味
高齢者層の特徴は多様性
高齢者の社会的地位
2つの高齢者観:アリストテレス型とプラトン型
2.老いと関わる日本文化
いわゆる儒教文化論について
『官刻孝義録』をどうみるか
高齢者労働・介護のパラダイムの形成:明治時代
3.主体的に生きる高齢者への多様なケア
高齢者ニーズの多様性
介護と遺産相続の問題
2つの事例からみる終末期高齢者の理解
事例①ブッダの臨終
事例②:諸葛孔明の臨終
4.日本の高齢者ケアレジームとケア欠乏
日本の高齢者ケアレジーム
老人貧困と介護保障負担
ケア欠乏の現状
高齢者介護パラダイムの転換は可能か――むすびに代えて
終章 ケアコミュニティをめざす――よき実践例を素材に[朴光駿]
はじめに
1.ケア国家の先駆的政策事例
福祉国家からケア国家へ
1930年代におけるスウェーデン福祉国家の成立
2.実践事例①:ユダヤ人救助者のケア教育
ユダヤ人救助者の語り
救助と非救助の分かれ道:ケア教育
3.実践事例②:「自殺率のもっとも低いまち」の生活様式
「次悪の選択」としての自殺
徳島県海部町の生活様式
4.実践事例③:御手洗住民の共生的生き方
遊女との共生
共生的生き方とそのルーツ
共生はイアーゴの没落か――むすびに代えて
参考文献
前書きなど
序文
本書は、副題に示すように、すべての人々のためのケアコミュニティをめざす目的で書かれています。ここで言う哲学とは、自分と相手の人生やお互いの生き方の本当のところを思い描くことです。人間の社会は、多様性に満ち、さまざまな背景、経験、およびニーズや利害を持つ人々が共存する場です。共生とは、そうした共存の場で、人々がともに支え合いながら一つの共同の社会、すなわちケアコミュニティを創りあげて暮らすことです。家庭は小さなケアコミュニティですが、職場や学校、病院や介護施設など人々の集まりもケアコミュニティです。さらに、それらを包括した市町村もサイズの大きいケアコミュニティと言えます。ケアコミュニティは、相互信頼と支え合いで成り立つものです。
地球上でも、本来、私たちは互いに結びつきを持ちながら、相互に発展してこられたはずです。しかしながら、実際の歴史では、社会の一部の人々は孤立し、疎外される現実が存在しています。これは、私たちの共生の精神を損ない、ケアコミュニティ全体の幸福と繁栄を妨げる元となっています。それらは気候変動などの自然現象や、農耕時代以降の貧富の格差、あるいは繰り返される戦争等々の人為的営みの影響を根強く受けてきました。
『共生の哲学』は、こうした社会の課題に目を向け、共生とケアの重要性について根本から深く考え直すための本です。本書は、大学生やケアの初心者ばかりでなく、ベテランの人々にもお読みいただける内容です。専門的な知識には極力頼らず、共生的なケアコミュニティを築くための基本的な考え方をわかりやすく説明し、読者が実践につなげることができるよう配慮しています。
さらに、本書では、冒頭、人種や人種差別の問題にも深く迫っています。多様な人々が共存する社会においては、「人種」や民族、文化の違いを尊重し、平等な権利を享受することが重要です。人種差別は、個人やグループを抑圧し、社会のつながりを分断し崩壊させる深刻な問題です。本書は、「人種」という見方が神話に過ぎないことを示し、ケアコミュニティの妨げとなる人種差別には根拠が全くないことを示します。
『共生の哲学』は、《包摂的なケアコミュニティ Inclusive caring community》を育むための書です。それは、すべての人々が個々の違いを尊重し受容され支援され、誰もが自分らしく生きることができ、それぞれの多様性が豊かさと共鳴を生むようなケアコミュニティです。ここには、「障害者」、高齢者、若者、貧困層、異文化の人々、性別や性的指向の多様性を持つLGBTQ個人など、あらゆる立場の人々が含まれる「ごちゃまぜの福祉(佛子園の実践、本書95頁参照)」が重要です。
このように『共生の哲学』では、ノーマライゼーションの考えを基本的に取り入れています。ノーマライゼーションは、一言で言えば、社会の標準に基づく偏見を排除し、多様性を尊重する視点から、個々のニーズに応じた支援を行うことです。例えば、「障害」がある個人には、その個性や個別のニーズを生かしたバリアフリーの環境を構築することです。こうした取り組みによって「障害者」を含む全ての人々が自立し、コミュニティ生活を営むことが可能になるのです。また、ヤングケアラーなどが日常直面する困難をも理解し、ケアラーにもケアの必要性があると考えています。
(…後略…)