紹介
難民の国際的保護制度は、1951年の難民条約とUNHCRに基礎を置くが、その制度は「迫害」から逃げる人々が念頭にあり、内戦や暴力による「命への危険」から逃げる人々に対処できていない。また、貧困・失業から逃れる経済移民が難民制度を利用することにも対応できない。
他方で、開発途上国に残る90%の難民は忘れられている。最も脆弱な人々である残された難民は、自由のない難民キャンプで教育も受けず仕事がないまま何年も何十年も過ごすことになる。
本書では、90%の難民の留まる周辺国で、難民に就労機会と教育を提供することで難民の自立を推進することを提唱する。
難民の自助努力を支援するアプローチ、受け入れ社会への貢献、さらには出身国の再建を可能にするオルタナティブなビジョンをA.ベッツとP.コリアーという著名な専門家が提示した重要な1冊。
目次
日本語版への序文
監修者まえがき
この本を書いたきっかけ
イントロダクション
避難の目的
壊れてしまったシステム
新しいアプローチの必要性
第Ⅰ部 なぜ危機は起こるのか
第1章 世界的な混沌
何が強制移動や外国への避難をもたらすのか
なぜ脆弱性は増加しているのか
集団暴力の現実化
避難するという選択肢
避難所
第2章 難民制度の変遷
冷戦時ヨーロッパの難民制度
ヨーロッパ中心主義のグローバル化
1951年難民条約の沈黙
誰が難民とみなされるべきか?
見つからない保護提供者――誰が負担すべきか
見つからないモデル――なぜ難民キャンプは不十分なのか
UNHCRと21世紀
危機と改革への機会
第3章 大混乱
危機の火種――シェンゲン体制
火花
ローマでの幕開け
シリアへの飛び火
シリア難民危機の第一段階(2011年~2014年)――心なき頭
シリア難民危機の第二段階(2014年11月~2015年8月)――新たなランペドゥーザ
シリア難民危機の第三段階(2015年9月~2015年12月)――頭なき心
シリア難民危機の第四段階(2016年1月~)――心なき頭の復活
現在までの整理
第Ⅱ部 再考
第4章 倫理を再考する――救済の義務
難民を救済する義務
移住の権利はあるのか
取り残された人たちの人権
統合する権利と義務
暫定的な小括
第5章 避難所を再考する――すべての人に手を差し伸べる
なぜ「出身国への近さ」が最も重要であるのか
人道的サイロの失敗
都市難民の放置
開発の機会としての難民
中米のサクセスストーリー
お互いに得をする機会
第6章 難民支援を再考する――自立を回復するために
難民の経済生活
ウガンダ例外主義
自立の影響
繁栄するか生き延びるか?
ヨルダンはウガンダではない
別のアプローチ
ヨルダン・コンパクト
難民のためにグローバリゼーションを活用する――どう機能させるか
グローバルなプロトタイプとは?
難民問題を超えて
第7章 紛争後を再考する――復興の促進
なぜ復興が重要なのか
紛争後のリスク軽減
復興の促進
回復を遅らせる
第8章 ガバナンスを再考する――機能する制度とは
目的を再考する
責任を再考する
組織を再考する
改革プロセス
第Ⅲ部 歴史を変える
第9章 未来への回帰
シリア難民危機の再現
世界を取り巻くその他の危機
私たちのアプローチの明確化
未来の再生
注釈
索引
著者・訳者紹介
前書きなど
日本語版への序文
国民国家が存在する限り、難民は存在する。国家が人々の最も基本的なニーズを満たすことができないとき、その国民は国際的な保護を求めて国境を越えて逃げる。21世紀の戦争、権威主義、気候変動の中で、難民の移動は現代を象徴するグローバルな課題の一つである。このような中で、少なくとも帰国できるようになるまで、難民を自国に受け入れ、社会経済的に統合することが受入国に求められている。
本書の目的は、世界の難民制度の将来像を提示することである。理想主義ではなく、政治的現実主義に立脚し、現実政治の制約の中で機能しうるアプローチを特定する試みである。本書はもともと、2016年のヨーロッパ「難民危機」の文脈で書かれたものだ。1年の間に100万人を超える庇護希望者がEUに到着し、その大半がシリアからドイツに渡った者だった。その結果、極右政党が勢力を伸ばし、イギリスのEU離脱(Brexit)が決定するなど、ヨーロッパ全土でポピュリスト的ナショナリズムが急速に高まった。そのような危機を目の前にして、我々の目的は、難民に対する国民の懸念と難民を保護する倫理的・法的義務を両立させることができるアプローチを政策担当者が考えるときの現実的な解決策を示すことにあった。
当時から変わったものもあれば、変わらないものもある。2016年以降、世界の強制避難民の数は増え続け、2023年には初めて1億人を超える。新たな難民危機が出現し、2022年には約700万人の難民がウクライナからヨーロッパに逃れ、2018年以降は500万人の難民がベネズエラを離れ、アフガニスタンや南スーダンなど進行中の危機からの移動も急増している。数が増える一方で、庇護を提供する国々の政治的意志は低下し続け、英国からデンマーク、オーストラリアに至る多くの豊かな国家が、自力で外国にたどり着いて庇護を求めることの正当性に異を唱えている。
本書は、世界の難民制度の革新を呼び掛けている。それは、人間として最も基本的な権利を求めて逃げる人々のための聖域を持続可能なものにするためであった。1951年条約とUNHCRの重要性を認識しつつも、聖域が政治的に持続可能であるためには抜本的改革が必要だと主張している。
(…中略…)
次に、本書が現代の日本にとってどのような意味を持つかを考えよう。
日本はこれまで、難民政策において独自のアプローチをとってきた。国際協力機構(JICA)の活動を通じて、出身地域にいる難民を支援するための人道支援や開発援助を惜しみなく行ってきた一方、難民認定制度と再定住によって受け入れる難民はごく少数にとどまってきた。このような貢献の仕方は「小切手帳外交」と呼ばれたが、歴代の政府は、日本の比較優位は「ここ(日本)にいる難民」ではなく「そこ(外国)にいる難民」を支援することにあるという考えを維持してきた。日本はまたUNHCRへの主要な拠出国であるだけでなく、UNHCRの執行委員会に積極的に参加するなど、重要な外交的役割を担ってきた。
日本の難民政策は近年、徐々に変化している。受け入れ数は少数だが、難民が日本に庇護を求めることが排除されることはない。2022年にはアフガニスタン、ウクライナ、ミャンマーからの難民を含む、合計1万3500人が国内で庇護を提供された。これらの貢献と並んで多額の資金援助が続けられている。財政逼迫にもかかわらず、ウクライナの人道支援に600億円(5億米ドル)が拠出されている。このような変化は、難民問題が国内で政治課題として重要視されるようになったこと、難民に対する国民の認識やメディア報道の増加、外国人労働者受け入れの緩和などを背景として起こった。国際的には、日本は2023年12月に開催される難民グローバルコンパクトのフォローアップ会合での副議長国の1つに選ばれ、国際的な難民保護制度の維持・強化においてリーダーシップを発揮することが期待されている。
(…中略…)
結論として、日本は今、難民政策の策定において刺激的で極めて重要な時期にある。日本国内での庇護へのアクセスを広げる一方で、海外での人道支援や開発支援を継続している。世界の難民制度が脅威にさらされ、改革を必要としている今、日本は重要な指導的役割を果たすことができる。本書が、その長所と短所を踏まえつつ、日本の難民政策と世界の難民制度の将来について、政策担当者と一般市民の間で議論を喚起する一助となることを切に願っている。