目次
はじめに
序章 国民基礎生活保障における「条件付き給付」をどう捉えるか
1 国民基礎生活保障における「条件付き給付」
2 国民基礎生活保障はいかに捉えられてきたか
(1)制度導入の意義をめぐって
(2)「能力活用の条件付き」給付をめぐって
(3)「就労支援付き」給付をめぐって
(4)先行研究の限界
3 研究目的、分析対象、全体の構成
(1)「条件付き給付」のあり方を問う
(2)国民基礎生活保障の位置づけと隣接制度
(3)本書の構成
第1章 国民基礎生活保障の概観
1 制度導入とその後の経緯
(1)制度導入(2000年)
(2)オーダーメイド型給付への改革(2015年)
(3)第1次(2018~20年)および第2次(2021~23年)基礎生活保障総合計画
2 現行制度の仕組み
(1)目的および給付の基本原則
(2)給付の対象と種類
(3)給付の方式と水準
(4)給付決定の流れ
3 受給状況
(1)受給者の全体的状況
(2)受給世帯類型および世帯人数別でみる受給者の状況
4 小括
第2章 国民基礎生活保障の歴史的理解
1 「先成長・後分配」期の貧困対策
(1)「先成長・後分配」と社会保障制度の遅れ
(2)労働能力のある貧困者への制度外での対応
2 アジア通貨危機と国民基礎生活保障の導入
(1)「先成長・後分配」からの政策転換
(2)応急措置としての雇用保険適用拡大と時限的生活保護の実施
(3)「条件付き給付」をともなった国民基礎生活保障の成立
3 「条件付き給付」の仕組み
(1)制度理念
(2)「能力活用の条件付き」給付と「就労支援付き」給付の共存
4 小括
第3章 「能力活用の条件付き」給付の位置づけと意味──生存権保障をめぐって
1 国民基礎生活保障の法的性格
(1)憲法における生存権と国民基礎生活保障
(2)最低生活保障のための法体系
2 労働能力のある者に対する「能力活用の条件付き」給付
(1)給付の基本原則
(2)「能力活用の条件付き」給付の方法
3 「能力活用の条件付き」給付の意味
4 小括
第4章 「就労支援付き」給付の仕組み──自活事業の対象・プロセス・内容とその可能性
1 条件付き受給者の決定
(1)労働能力の有無
(2)「条件付き受給者」と「条件賦課猶予者」
2 条件付き受給者が参加する自活事業を提示する自活支援計画
(1)自活支援計画作成の大まかな流れ
(2)自活力量評価と自活支援計画で提示する自活事業の決定の方法
3 自活勤労事業の担い手と事業の内容
(1)地域自活センターと自活ケースマネジメント
(2)自活勤労事業の種類と給付の内容
(3)資産形成支援事業
4 「就労支援付き」給付の可能性
5 小括
第5章 「韓国型失業扶助」としての国民就業支援制度
1 韓国における就労困難層とそれに対する従来の対応
(1)アジア通貨危機後に浮かび上がった就労困難層
(2)就労困難な若年層
(3)就労形態にみる「特殊形態勤労従事者」と自営業の多さ
(4)従来の雇用対策と社会保障制度による対応
2 「韓国型失業扶助」として位置づけられた国民就業支援制度
(1)導入背景
(2)制度概要
(3)現状
3 国民就業支援制度の特徴と示唆
(1)現金給付と就労支援サービスの組み合わせ
(2)政府、自治体、民間による相談支援と働く場の創出までを含む就労支援サービス
(3)日本への示唆
4 小括
終章 国民基礎生活保障の含意
1 国民基礎生活保障をトータルで捉える
(1)本書の論点と概要
(2)「条件付き給付」の全体的仕組み
2 国民基礎生活保障の可能性と課題
(1)「条件付き給付」の意義と限界
(2)「福祉と労働の連携」の視点からみた国民基礎生活保障
3 本書の意義と今後の課題
あとがき
参考文献
索引
前書きなど
はじめに
公的扶助研究において、韓国の占める位置は興味深く、とくに日本にとってそうである。
日本の生活保護にあたる韓国の公的扶助は「国民基礎生活保障」である。同制度は、日本と同様に労働能力の有無に関係なく生活に困窮する人々を対象とし、その制度の対象となれば生計・医療・住居・教育・自活・出産・葬祭の各給付を行い、生存権を保障する最後のセーフティネットである。
ただし、以下の点で大きく異なっている。すなわち、労働能力のある人々に対する生計給付(日本の生活扶助にあたる)には就労支援プログラムに参加することを条件付けているのである。その仕組みは、「条件付き給付」という言葉で表される。そこで条件付けられる就労支援プログラムは「自活事業」として国民基礎生活保障法上に位置付けられ、それを実施する方法、それを担う機関などが明示されている。言い換えれば、最低生活保障のための現金給付とともに就労支援が法上に示されているのである。また、条件付き給付の対象でない受給者や低所得にあるボーダーライン層も希望すれば自活事業に参加することができる。
国民基礎生活保障におけるこの仕組みは、働こうとしてもそれが難しい人々の自立を支える可能性をもつと考えられる。しかしながら、最後のセーフティネットにおける条件付き給付という仕組みである以上、労働能力がある人々については自活事業に参加しなければ給付を行わないとするものであり、その人々の生存権を保障しないという危険性をはらんでいる。
本書は、上記のような条件付き給付という仕組みをもつ韓国の公的扶助である国民基礎生活保障に焦点を当てる。韓国において最後のセーフティネットに条件付き給付という仕組みを取り入れたのはなぜか、その意味は何か、実際に条件付き給付はどのように展開されているのか、その現状と課題は何かを明らかにすることを目指している。
本書の試みは、単に韓国の公的扶助の現状を示すだけにとどまらない。なぜなら、日本や欧米の先進福祉国家の今後の政策のあり方とも深くかかわるからである。
日本も、2000年ごろから就労困難層の存在が認識され、何らかの理由で働きたくても働けない生活に困窮する人々への就労支援が政策的課題になり、ハローワークを中心とした職業訓練、職業あっせんなどの雇用政策や、生活保護受給者に対する就労支援に関する事業を展開してきた。また、生活困窮者自立支援制度の導入にも同様の背景がある。このような政策の動きは国際的にも同じである。こんにちの欧米先進諸国の状況をみると、一方では、かつてのように福祉を拡大させ続けることは現実として困難であり、他方では、雇用の柔軟化が進む労働市場に労働能力のある人々をただ単に送り出すことにも限界が生じている。そのなかで「福祉から就労へ」や「福祉と労働の連携」といった政策理念があらわれている。日本もその潮流に乗らざるをえなかった。
韓国も、たしかにその潮流に乗った形となったといえる。そして、国民基礎生活保障は導入後、制度に対する批判に応じる形で給付方式の改正や扶養義務者基準の緩和を進めながらも、現在もなお、条件付き給付の仕組みは維持されている。このような最後のセーフティネットの役割を担う国民基礎生活保障をいかに捉えればよいのだろうか。労働能力の有無に関係なく対象とする制度により最後のセーフティネットを張り、そこに条件付き給付を取り入れることを選択した韓国は、ある意味で先進的な仕組みの導入に挑戦したのかもしれない。その韓国の経験を分析することは、日本を含む先進諸国における今後の政策方向性の検討に示唆を与えてくれるのではないだろうか。