目次
はじめに[南野奈津子]
序章 難民を支援するということ[南野奈津子]
1 難民支援と外国人支援は違うのか
2 外国人であり、難民であるということ
3 本書のテーマ
第Ⅰ部 難民を取り巻く仕組みや実情
第1章 日本に暮らす難民の捉え方[荻野剛史]
1 インドシナ難民
2 条約難民
3 第三国定住難民
4 難民を捉える視点
第2章 日本の難民認定制度とは[原口美佐代]
1 受入れの仕組み
2 難民認定のプロセス
3 日本政府による支援の仕組み
第3章 国際社会と難民[森恭子]
1 世界の難民の動向
2 国際機関による難民保護
3 難民を受け入れる国際社会
コラム1 弁護士による難民の支援[難波満]
第Ⅱ部 難民の生活の実態と支援の現実
第4章 実例から知る日本での難民の暮らし[櫻井美香・羽田野真帆]
1 事例:難民として認められたけれども(A国出身ニコラスさん)
2 事例:子どもを抱えながらのシングルマザー(アフリカB国出身のミシェルさん)
3 事例:キャリアが中断してしまう(中東C国出身のサーラさん)
4 事例:収容の問題(アフリカD国出身のアリスさん)
第5章 難民申請者はどのように生き延びているのか――非正規状態におかれている人たち[加藤丈太郎]
1 難民申請と「非正規」の状態はどのように関連するのか
2 「非正規」による制約(収容、仮放免、一時旅行許可)
3 「非正規」で生き延びる
第6章 難民支援の課題は何か[赤阪むつみ]
1 政府の難民受入れからみる支援の課題
2 難民支援の可能性
コラム2 あるミャンマー難民女性のライフヒストリー
第Ⅲ部 私たちにできることは何か
第7章 支援者が求められること――ソーシャルワークの視点から[南野奈津子]
1 ソーシャルワークと難民支援
2 どのように難民に接する? ソーシャルワークにおける支援の原則から
3 エンパワメント、そしてストレングスへの着目
4 難民への直接支援だけが難民支援ではない
第8章 社会で難民を受け入れるということ――アフガニスタンから逃れてきた人たち[小川玲子]
1 難民と出会う機会が少ない日本社会
2 日本とアフガニスタン
3 目の前で起きた人道危機
4 定着の課題
5 多様で包摂的な社会を目指して
第9章 難民の地域での生活・統合・包摂[石川美絵子]
1 地域で暮らす難民
2 エスニック・コミュニティと難民
3 社会統合、社会的包摂
コラム3 共感と理解の輪を広げる難民映画祭[天沼耕平]
終章 難民と共に生きる社会へ[森恭子]
1 難民の生きづらさと見えづらさ
2 ウクライナ避難民支援から私たちは何を学ぶか
3 難民との共生、そして国際社会との共生
おわりに[森恭子]
資料
前書きなど
はじめに
かつて、日本にもある日急に「ここにいると危険だから、今の家をできるだけ早く出てください」と言われ、急遽荷物をまとめ、どこに行くのか、いつまでその状態が続くのかわからないままにバスに乗り込み、急ごしらえの住宅や避難施設で長い間生活する人が多くいた。彼らの多くが、大事にしているもの、ペットや車などをおいて家を離れた。その後、新たな地で生活する中で、「国のお金で生活している」などと陰口を言われた人も少なくないと聞く。
いったい誰が、長く大事にしてきたもの、ずっと働いて手にした家や愛すべきペットを残して、数個のカバンに入るものだけを手にして、バスに乗り込みたいと思うだろうか。誰が、かつて生活した地が安全ではないというニュースを日々目にしながら、新たな地で心地よく定住できるだろうか。
この状況を生んだ2011年の東日本大震災から早12年が経つ。震災、そして原発事故のときに自宅を離れざるを得なかった人びとがおかれた状況と、世界各地の難民は、私には重なるところが多いものとして目に映る。日本で難民をめぐるニュースに接することはずいぶん増えた。とはいえ、私たちにとっては遠い話、という人もまだ多いかもしれない。しかし、日本にも住み慣れた地を離れることを余儀なくされ、それまで積み上げてきた生活、そして持っていた将来への夢をすべて断たなければならなくなった人びとが多くいる。難民条約上の定義としての難民は少ないかもしれない。でも、おかれた状況でみれば、私たちの社会にも難民はたくさんいる。
難民は、国家、民族との間で起きる軋轢、戦争や政府による弾圧、風習や宗教の違いだけで生まれるのではない。気候変動に伴う自然災害の増加、外国人労働者の搾取、貧富の格差の拡大、さらには性自認やジェンダーをめぐる課題も難民を生み出している。人が安心して生きることができない社会となったときに難民が生まれる、という事実も、私たちとは無関係ではない。
そして、日本には難民は実際にいないのか、いるけれど社会でその存在が気づかれていないのか、ということも考えたいと思う。私たちは、日本で庇護を求める難民、彼らのこれまでの生きざま、難民認定申請者の生活の様子、そして日本社会でどのように扱われているのかについて、どの程度知っているだろうか。彼らの存在自体を知らなければ、考えること自体ないし、できる支援についての思いも及ばない。それは、近年社会で認識されつつある、障がいのある兄弟や親の介助や家事を子ども時代から担い、さまざまな機会を喪失している「ヤングケアラー」もそうだ。彼らも社会の中にいた。ただ、認識されてこなかった。だから、社会が問題意識を持たない時代があった。そう考えると、「難民はあなたの身近にいるんだよ」ということを知ることから始めていく必要があるのだろう。
本書では、難民の実情や難民認定申請制度、支援について知ること、そして人権保障の問題として難民を捉えるという立場をとりつつも、難民申請をした非正規滞在者の実情についても触れている。難民認定をめぐって出会う人の中には、難民とは考えづらい人が含まれるのも事実だ。ただ、難民認定申請を選ばせる国内外の構造的問題とは何か、ということも考える必要がある。本書により、世界、そして日本の難民についてほんの少し理解が深まること、そして難民に留まらず、さまざまな背景を持つ人びととの共生と社会のありように思いをめぐらせることにつながれば幸いである。