目次
序
第Ⅰ部 南定四郎さん
第1章 南定四郎さん口述[聞き手:石田仁・三橋順子]
第2章 思想/実践の「乗り物」として生きる[石田仁]
第Ⅱ部 マーガレット(小倉東)さん
第3章 マーガレット(小倉東)さん口述[聞き手:鹿野由行・斉藤巧弥・石田仁]
第4章 “ゲイ”を生きる――分裂と統合のその先に[鹿野由行]
第Ⅲ部 ケンタさん
第5章 ケンタさん口述[聞き手:斉藤巧弥]
第6章 リベレーションからムーブメントへ――札幌の運動と「ゲイコミュニティ」[斉藤巧弥]
あとがき[石田仁]
口述者3名の年譜
文献一覧
事項索引
人名索引
前書きなど
はじめに
本書は、3名のゲイ男性(男性同性愛者)に対して行ったインタビューの口述内容と、その解説を収めた本です。
戦後日本社会の中では、男性が一貫して、経済的に有利な立場を保ってきました。現在、男女の賃金格差は縮まりつつありますが、それでもいまだに大きなへだたりがあり、社会のジェンダー構造を規定しています。ゲイ男性は男性ジェンダーに属することから、レズビアン(女性同性愛者)に比べると大きな可処分所得を得てきたと予想されます。高度経済成長期の1971年にゲイ向け雑誌が登場、70年代の終わりには5誌体制となり、それが90年代まで続いたのがその証左でしょう。それらの雑誌では、通信欄(文通欄)、バーやハッテン旅館(匿名で性交渉が可能な旅館)の広告などが掲載されました。時代が下るとクラブイベントの告知も始まります。これらによって男性同士の出会いがうながされました。地方都市にあるバーや海外のゲイタウンも、特集され盛んに伝えられました。ゲイ男性は、週末に街に繰りだし、時に出張や旅行にはげむ、消費行動を伴った“移動するジェンダー”だったのです。
「だったのです」と書いたのは、すでに不況が長期化し、かつてのような派手な行動が控えられるようになったからだと筆者が思うためですが、しかしゲイ男性のそうした経済的側面・文化的側面については、研究が進んでいません。加えて雑誌が退潮し、インターネットが主たる情報源となってから20年ほどが経過しています。インターネット以前のあり方は古い人々の記憶から徐々に遠ざかり、インターネット以後の状況は不透明で分かりづらくなっています。
こうした後追いの難しさは、それぞれのシーンを作ったゲイ男性への聞き取り調査が不足しているところにもあるのでしょう。確かに、社会運動団体のメンバーや著名なゲイ当事者が書いたり語ったりした書物は断続的に出版されてきました。最近では東北地方在住の性的マイノリティの活動を記録し分析する取り組みも出てきました。しかし、ゲイ男性の経済的・文化的な規模の大きさからすると、そうした重要な知見はまだ圧倒的に足りない状況にあります。
加えて、ゲイ解放運動(ゲイ・リベレーション、ゲイリブ)とゲイ男性の経済・文化の関係性も日本ではいまだ十分に明らかではありません。読者の皆様は、「ゲイリブ」と「ゲイ・ビジネス」「ゲイ・カルチャー」の関係を「遠い」と考えているでしょうか。あるいは「近い」と考えるのでしょうか(「分からない」という人も当然いるでしょう)。それは「遠かった」ものが「近く」なっていったのでしょうか? どのような理由から、そのように言えるのでしょうか?
私たちは、公益財団法人トヨタ財団の研究助成で性的マイノリティの口述資料を残す共同研究をすることになった時、この難題―日本のゲイ男性の運動と経済と文化の関連性―に迫り、これまで見えづらかった歴史的な営みを少しでも明らかにしたいと考えました。このため、このテーマにふさわしい3名、南定四郎さん、マーガレット(小倉東)さん、ケンタさんを対象者として選定し、インタビューをしました。南定四郎さんはゲイ雑誌『アドン』を立ち上げ、「IGA(国際ゲイ協会)日本サポートグループ」を作った方です。マーガレット(小倉東)さんはドラァグクイーンとして長く活躍し、ゲイ雑誌『バディ』のスーパーバイザーなどを務めた方です。ケンタさんは札幌でゲイリブの団体に参加し、その後ゲイバーを開店し、クラブイベントを立ち上げ、札幌の性的マイノリティのパレードの運営にも継続的に関わってきた方です。
もちろん日本には他にも、ゲイの運動やビジネス、文化の面で功績を残した方はたくさんいます。対象者を選定するにあたっては、まとまった自叙伝や聞き取りの書物がまだ出ていない人を優先したものの、西日本で活動をしてきた人々が一人も入っていないことに不満を覚える方もきっといることでしょう。そうした偏りを本書はすべて解消したものではありませんが、たとえば他の地域と、たとえば女性の活動と、レズビアンの活動と、あるいはトランスジェンダーの活動などと比較して議論頂くことも、本書の活用方法の一つとして願っています。
3名の生年には、南さん(1931年生)、マーガレットさん(61年生)、ケンタさん(76年生)と開きがあるため、歴史が追えるように、その順に章を配置しました。それぞれの軌跡を辿ると、「ゲイリブ」と「ゲイ・ビジネス」「ゲイ・カルチャー」の関係は、決して遠いわけではなかったことが分かると思います。
(…後略…)