目次
はじめに[末冨芳]
第1部 一斉休校――教育長・教育委員会・校長は何を経験したか?
第1章 熊本県熊本市[末冨芳]
1 リスク予測にもとづく2月28日の臨時教育委員会開催
2 休校長期化予測にもとづく教育委員会・学校の対応
3 教育委員会のリスク予測のもとでの一斉休校と学校運営
4 オンライン授業の効果
5 コロナ禍前からの改革がスピード感を増した
第2章 福岡県北九州市[元兼正浩]
1 他の市町村より早く「第2波」に見舞われた北九州市
2 保護者の意見が二分する中での教育長の苦渋の決断
3 国の要請を受け臨時休業にむけた市教委通知
4 児童預かり対応をめぐる関係機関との調整の苦労
5 「第2波」に見舞われた北九州市教委の判断と対応
6 北九州市の経験から私たちは何を学ぶか
第3章 埼玉県さいたま市[佐藤博志]
1 一斉休校要請への対応――緊迫した地方教育行政の現場
2 一斉休校の期間と方針
3 休校期間の対応
4 分散登校とその後
5 校長の対応
6 まとめ
第4章 東京都世田谷区[末冨芳]
1 世田谷区における一斉休校の概況
2 一斉休校決定のプロセス――教育長の専決と首長部局・世田谷区健康危機管理対策本部の決定・判断
3 感染者数の急増と入学式への対応の苦慮
4 区の補助制度・貸与端末に支えられたBYOD方式での4月9日動画配信開始
5 迅速な昼食支援、「潜む」困難な子どもたち
6 分散登校を通じた児童生徒のフォローアップ
7 ICTを前提とした、新しい学び、新しい教育経営へ
第5章 兵庫県明石市[柏木智子]
1 明石市の概要
2 学校の臨時休業と再開における意思決定過程
3 一斉臨時休業中の子どもの生活と学習への支援策
4 学校再開後の気づきや課題
第6章 兵庫県尼崎市[柏木智子]
1 尼崎市の概要
2 学校の臨時休業と再開における意思決定過程
3 一斉臨時休業中の子どもの生活と学習への支援策
4 一斉休校を経ての課題
第7章 北海道奥尻郡奥尻町[篠原岳司]
はじめに 感染症拡大に揺れた離島の高校
1 町立移管した奥尻高校と島留学の取り組み
2 早朝午前6時30分からの卒業式――2020年2・3月
3 奥尻島に戻れない島留学生たち――止まらない感染症拡大に揺れた2020年4・5月
4 奥尻町から学べること――先回りの決断を支えた町役場・町教委・高校の協働のシステム
第8章 東京都三鷹市[末冨芳]
1 新型コロナパンデミックの中で、その先へ進む三鷹市
2 全国一斉休校開始時の首長・議会・教育委員等とのコミュニケーション
3 子どものウェルビーイングの重視――居場所の確保、昼食の提供、地域での子どもの見守り体制
4 「学校嫌いをつくらない」休校中の学びの保障の基本方針
5 全国一斉休校・GIGAスクール政策のその先へ――「個別最適」な学びの保障、スクール・コミュニティの創造へ
ショートレポート1 東京都足立区[末冨芳]
「突然来た夏休み」――全国一斉休校の開始/チーム学校体制によるターゲット型支援/ネットワークに支えられた学びの保障/学校再開後の児童生徒の個別支援体制
ショートレポート2 東京都港区[末冨芳]
長期化した一斉休校の中での柔軟な対応/「学びの保障」における柔軟性/相談体制・家庭の支援体制/一斉休校終了後の課題と対応
第2部 全国教育委員会アンケートを通じた一斉休校の検証[末冨芳]
1 全国教育委員会アンケートの概要と特徴
2 市区町村調査集計
3 都道府県調査集計
4 自由記述より
第3部 パンデミックと一斉休校――批判・課題、そして伝えるべき経験
第1章 パンデミック危機管理の中での教育委員会・学校[末冨芳]
課題設定
1 準備期間のない全国一斉休校要請の示した課題
2 なぜ全国一斉休校時に教育委員会開催はされなかったのか?
3 一斉休校期間の「多様性」
4 「学びの保障」への取り組みと課題
5 自治体間格差が著しい児童生徒の心のケアと福祉的支援
小括――全国一斉休校は「上意下達の指導行政」にすぎなかったのか?
第2章 教育委員会と学校長の自律性――教育長のリーダーシップ/校長のリーダーシップ[佐藤博志]
1 教育長のリーダーシップの概念と分析の視点
2 意思決定
3 課題の認識
4 校長の自律性
5 今後の政策構想
6 教育長のリーダーシップ/校長のリーダーシップ
7 新しいリーダーシップ理論へ――コネクティビズムの地平
8 今後の課題
第3章 学校はどう動いたか?[元兼正浩]
1 学校の自律性はどれほど発揮されたか
2 学校アンケート調査の結果より
3 学校の自律性はどのように発揮すべきなのか
第4章 一斉休校の中での子どもたちへのケアと支援[柏木智子]
1 COVID-19下における子どもの生と学び
2 各自治体の取り組み――兵庫県明石市の事例
3 各自治体の取り組み――兵庫県尼崎市の事例
4 民間団体によるケアと今後の方策
第5章 伝えていくべき経験と教訓――世界のパンデミック経験の中での日本[葉養正明]
1 コロナ禍の世界の学校閉鎖
2 学校閉鎖と脆弱な環境の中で育つ子どもたち
3 わが国の一斉休校政策への教訓――大災害における子どもの学びの持続
おわりに[末冨芳]
前書きなど
はじめに
2020年2月27日、安倍晋三総理大臣(当時)による全国一斉休校要請があった時に、強い衝撃を受けた国民は多いだろう。
我が家では、安倍総理の全国一斉休校要請をニュースで見た長女が、大好きな先生や友達との学校生活がもうなくなるのかと、泣き出した。このように突然に学校生活を奪われ傷ついた子どもたちも少なくないだろう。休校と言われても働かなければ生活できないと途方に暮れた保護者もいれば、未知の新型コロナウイルスを早期に抑えこむためにはやむを得ない判断だと思っていた国民も多いはずである。2020年3月10日時点でのNHK世論調査では「やむを得ない」が63%、「過剰な対応だ」が24%となっていた(NHK選挙Web 2020)。
本書は、教育行政学という教育政策や教育分野の法制を中心とする学問分野の研究者たちによって執筆されたものであるが、教育行政学の研究者は、全国一斉休校要請に対して強い疑問を示す立場にある者が多い。萩生田光一文部科学大臣(当時)が2月25日会見において明らかにした通り、感染症による臨時休業の判断は学校の設置者(市町村立学校は市町村教育委員会、都道府県立学校は都道府県教育委員会、私立学校は設置する学校法人)にあり、法令上、内閣総理大臣にその権限は存在しないためである(一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアチブ 2020: 125)。
だからこそ全国一斉休校は総理大臣からの「要請」という形式で実施されたが、政府専門家からは感染症対策としての必要性の観点から疑問が呈され、萩生田文部科学大臣からは、共働きの児童生徒の保護、児童生徒の昼食の確保、学童保育の量的確保、保護者への休業補償等経済対策、卒業式などかけがえのない学校教育活動の保障などの観点から、一斉休校に慎重な意見が示されたことが指摘されている(一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアチブ 2020: 128-131)。
こうした状況の中で、学校は全国一斉休校に突入させられた。筆者を含む教育行政学の研究者は、法令上の根拠なしに、また準備期間すらなしに総理から一方的に宣言された全国一斉休校という政治手法に疑問を呈しながらも、関わる教育委員会や学校、あるいは子ども若者の支援の現場を支えようと活動し続けてきた者も少なくない。
一方で、学問としての教育行政学の使命は、新型コロナウイルスパンデミックの初期にあって、法令上の根拠なく実施された全国一斉休校に対し、地方教育行政の主体である教育委員会がどのように対応してきたかということを記録し、分析することにもある。本書の出発点となったのは、コロナ禍の中でオンライン開催となった2020年10月4日の日本教育行政学会第55回大会・課題研究である。「緊急事態に直面する教育行政・教育行政学の課題(1)│『全国一斉休校』から見えたこと」として、登壇者の1人である筆者が全国一斉休校に関する実証調査をすべきではないかと提案したことに対し(末冨 2020)、自発的に賛同し協力いただいた研究者たちのグループが本書の執筆陣である。全国一斉休校・教育委員会対応検証プロジェクトのメンバーは柏木智子/立命館大学教授、佐藤博志/筑波大学教授、篠原岳司/北海道大学准教授、葉養正明/国立教育政策研究所名誉研究員・東京学芸大学名誉教授、元兼正浩/九州大学教授に、筆者(末冨芳/日本大学文理学部教授)を加えた6名のメンバーである。また調査には勝野正章/東京大学教授にもご協力いただいた。勝野教授は就学援助率の高い学校で教員の多忙化が促進されてしまう実態を明らかにされた「Caregiverとしての教師研究」等にも精力的に取り組んでおられるため(Thanks Caregivers Project 2021)、執筆は叶わなかったが、プロジェクトミーティングやインタビュー調査にご同行いただいた。本プロジェクトの7人目のメンバーとして感謝申し上げる。プロジェクトメンバーはいずれも教育委員会や学校運営に関する実証研究や海外比較分析などの実績をもつ研究者である。
本書の目的は、2020年2月27日の安倍総理の全国一斉休校要請から、2020年4月の緊急事態宣言による休校期間延長を経て、6月半ばまでに順次休校解除をしていくプロセスに焦点を当て、教育委員会がいつ誰とどのように休校開始を判断し、学校や児童生徒・保護者にどのように対応したのかを明らかにすることにある。主な調査手法は、協力自治体の教育長へのインタビュー、教育委員会アンケートである。また単に全国一斉休校期間中の対応にとどまらず、その中で見出された休校時の教育行政・学校運営の課題や、ウィズコロナ・ポストコロナ時代の自治体教育行政や学校マネジメントに関する展望などについてもご回答をいただいている。
(…後略…)