目次
はじめに
序章 イギリスの学校とレイクウッド小学校
第1節 本書のねらいとイギリスの公立小学校の仕組み
第2節 ベンチェスター市とレイクウッド小学校
第1章 ロックダウン下の学校(2020年3月~6月15日)
第1節 ロックダウンの前 噂が立ち始めた(2020年1月~3月23日)
第2節 学校を閉じる(2020年3月23日~6月15日)
第2章 バブル方式の学校(2020年6月16日~12月)
第1節 部分的な学校再開((2020年6月1日~7月末)
第2節 学校の全面再開(2020年9月~12月)
第3章 ウィズコロナの時代へ(2021年1月~)
第1節 二度目の一斉休校(2021年1月5日~3月8日)
第2節 学校が再び開かれる中で(2021年3月8日~7月)
第4章 日英2人の校長先生
第1節 コロナの渦中における日本の小学校
第2節 対談・ベル先生と吉鶴先生
補章 コロナ戦争の背景――イギリスの学校運営の仕組み
おわりに
前書きなど
本書のねらい
本書は、世界中がコロナに翻弄された2020年3月からの約500日についての、あるイギリスの小学校の記録である。日本でもコロナは、医療、経済、政治等々の問題であると同時に教育の問題であり、2021年には、コロナによって学校教育が滞った現実を伝える著作が次々と出版されている。しかし、感染の進行が世界で最も早い国の1つであるイギリスでは、その教育に及ぼす影響も、日本よりはるかに大きかった。おまけに、日本とはさまざまな点で異なる仕組みで動いているイギリスの公立学校は、日本の学校とは違うかたちで、コロナ問題と格闘することになった。そしてその結果、失ったものがたくさんあった一方で、多くの実りある発見もあった。そのことを筆者たちは、長い付き合いになる、レイクウッド小学校のトーマス・ベル校長先生から学んだ。
レイクウッド小学校は、イギリスの他の多くの都市と同じように感染が深刻だった、ベンチェスター市にある。ベンチェスターは、移民が多く暮らす中規模の産業都市で、そこでベル先生たちが、2020年3月から2021年9月までの約500日間、何を考え、何に奔走したのかを知ることは、とても意味があることだ。なぜならそれは、コロナ問題の一環であるだけでなく、移民と貧困というグローバル社会にのしかかる問題を具体化してくれており、さらには、子どもたちの学びと暮らしを守るとはどういうことなのか、つまり教育とはいったいどういうことなのかを考える重要な機会となるからだ。
さらにもう1つ、ベル先生の取り組みは、社会的役割を果たしている組織がきちんと機能するということはどういうことなのかを、私たちに考えさせてくれている。世の中に正解はないといわれながらも、私たちはどこかで、「正義が行われるべきであり、誰かがその責任を取ってくれるはずだ」と信じていたように思う。コロナ問題が立ち上がったとき、学校で、企業で、地域コミュニティで、そして家庭内で、「何が正しいのか誰もわからないけれども、誰かが判断しなくてはならない」という状況が発生した。そして、自分の思う正義を自分でない誰かが実行してくれないことに関して、例えば政府に、社長や上司に、文部科学省や学校長に、両親に、多くの人が腹を立てた。大学に勤める筆者らの例でいえば、「初めてやるオンライン授業のやり方を誰も教えてくれない」「生活が困窮した大学生たちへの支援を国は考えていない」といった不満と不安を抱えて、2020年の4月を迎えた。そんなふうに不満ばかり言いながら立ち止まっているべきではない、とベル先生ならきっと言うだろう。1人ひとりが、自分とは違う正義をもつ人たちと相談し、考え、現実的なやり方を見つけて何かを実行する責任を負っているんだ、と。
さて、ベル先生たちの取り組みを学ぶためには、まず、イギリスの学校がどのような仕組みで動いているのかを簡単にお伝えした方がよいだろう。また、本書の舞台となるベンチェスター市がどんな街で、そこにあるレイクウッド小学校にはどのような子どもたちが通っているのか、概要を伝えておきたい。というのも、イギリスは政府(教育省)と各学校の関係も、日本の政府(文部科学省)とのそれとはさまざまな点で異なっており、そしてある意味では典型的な現代都市であるベンチェスター市の事情が、ベル先生の仕事に大きく影響を与えたからだ。
(…後略…)