目次
はじめに リンガフランカとしての日本語――多言語世界において変遷する日本語教育[青山玲二郎・明石智子・李楚成]
1.本書の紹介
2.本書の構成
第1章 多言語世界における自己・他者・世界の理解――日本語を通しての学び[中根育子]
1.はじめに
2.グローバル市民のレパートリーとして言語を学ぶ「複言語教育」
3.オーストラリアの高等教育における日本語教育
4.日本語教育と多言語世界とのギャップ
5.日本語の「遠心力」と日本語教育
6.多言語世界・コミュニティに発信する日本語教育
7.多言語世界の日本語教育:イデオロギーの転換
第2章 オーストラリアのバイリンガル教育の現場における教師間協働への一考察――日本語と教科担当の各教師の役割と内省に注目して[金孝卿・門脇薫]
1.はじめに
2.オーストラリアのバイリンガル教育
3.研究の方法
4.分析の結果
5.考察:教師間協働のプロセス
第3章 ジャンルアプローチを活かした継承日本語教育の試み――香港日本人補習授業校での授業実践[明石智子]
1.継承語としての日本語教育
2.香港内の日本にルーツを持つ子どもたちと継承日本語教育
3.ジャンルアプローチ(Genre-based pedagogy)
4.ジャンルアプローチを活かした「読む」「書く」活動の実践報告
5.今後の課題と展望
第4章 日本におけるムスリムコミュニティの形成と日本語能力――茨木マスジドの事例から[エルハディディ・アブドエルラヒム]
1.研究背景
2.先行研究
3.リサーチ・クエスチョン
4.研究方法
5.結果と考察
6.結論
第5章 協働学習と異文化コミュニケーション――「内なる国際化」が進む日本で高等教育機関は何を求められているか[佐藤良子(内田良子)・平田亜紀・福本明子・宮崎新]
1.はじめに
2.主要概念
3.〈事例1〉愛知大学:正課内活動と正課外活動の連携
4.〈事例2〉愛知淑徳大学:正課外活動
5.〈事例3〉愛知淑徳大学:正課内活動
6.まとめ
第6章 日本語が国際言語になることの影響――第二言語またはリンガフランカとして[ハートムット・ハバーランド]
1.世界の言語秩序と日本語の位置
2.海外の日本語
3.オーナーシップ対ネイティブスピーカー主義
4.日本のグローバル化論
第7章 言語使用者を母語話者の規範から解放する言語教育――国際英語と国際日本語[日野信行]
1.はじめに
2.概念的枠組み
3.「国際英語」教育の原理
4.「国際英語」教育の授業実践
5.「国際日本語」教育への示唆
6.むすび
第8章 「リンガフランカとしての日本語」の過去と未来――中国・上海での日本語教育・使用を例にして[青山玲二郎]
1.母語話者の規範から離れた日本語
2.リンガフランカとしての英語
3.英語を対象とした研究を日本語に当てはめる誤謬
4.大日本帝国の東亜共通語としての日本語
5.日本国内におけるリンガフランカ使用
6.海外の日本語教育と母語話者主義
7.日本国外におけるリンガフランカ使用
8.リンガフランカとしての日本語の理念に基づく言語教育
おわりに ポストパンデミック時代のオンライン授業と言語教育――デジタルディバイドと視線の不一致がもたらす課題[青山玲二郎]
1.同時双方向型オンライン授業への移行
2.デジタルディバイドにより閉じ込められる学生
3.視線の不一致がもたらす平板な緊張
4.情報技術の主体的選択
前書きなど
はじめに リンガフランカとしての日本語――多言語世界において変遷する日本語教育[青山玲二郎・明石智子・李楚成]
1.本書の紹介
本書は日本語教育環境が国内外で多言語化している現状を分析し、そこで教えられ話される日本語が母語話者の規範から離れていく可能性を探る。
日本語教育はジンバブエやモンテネグロなど過去最大の142の国・地域にまで広がっており、多種多様な言語話者が日本語を日々学習している(国際交流基金 2018)。言語はその言語の母語話者だけでなく、他言語の話者に話され書かれることで多様化していく。たとえば、英語はアメリカやイギリスで母語としてつかわれる一方、インドや中国で第二言語もしくは外国語として話されており、第二言語としてつかう人々の数が母語としてつかう人々の数を大幅に上回っている(Graddol 2003; Ethnologue 2019)。世界中でさまざまな母語を持つ人々が、英語母語話者と話すためだけでなく非母語話者同士でコミュニケーションをとるために英語をつかっており、会議や旅行など対面交渉で特定の目的を果たすだけでなく、ソーシャルメディアで話者個人のアイデンティティを表現するためにつかわれている。英語は旧植民地において母語を共有しない人々のLink Language(Kumaramangalam 1968)として、またデジタル化するコミュニケーションの主要言語(Herring 2008)として膨大な第二言語話者を抱え、内心円といわれる英米の母語話者たちの規範を超えたWorld Englishes(Kachru 1965, 1992)や第二言語話者同士のコミュニケーションに資するEnglish as a Lingua Franca(Gnutzmann 2000; Seidlhofer & Jenkins 2003)など、多種多様なかたちに変化してきた。
一方、日本語は母語話者の数に比べると、第二言語や外国語として話す人の数が圧倒的に少なく、話されている場所も日本政府が行政権を持つ日本列島に集中している。このような英語と日本語が置かれた対照的な環境のなかで、英語研究に端を発する理論的枠組みを日本語に当てはめることができるのだろうか。「世界日本語」や「リンガフランカとしての日本語」として日本語を考察することにどのような意義があるのだろうか。
上記のような観点からオーストラリア、デンマーク、香港、日本で言語教育にたずさわる研究者が、それぞれの地域の多言語環境に合わせてどのように日本語が話されているか、教えられているかを分析し、非母語話者と母語話者がともに日本語を話し学ぶことが、日本語の多様化にどうつながっていくか考察した。
(…後略…)