目次
刊行のことば[首藤明和]
序章 日本華僑の歴史と文化[曽士才・王維]
日本華僑の歩み
日本華僑による歴史と文化の掘り起こし
本書成立の経緯と構成
第一部 華僑の歴史とネットワーク
第1章 長崎華商と東アジア交易ネットワークについて[廖赤陽]
1.はじめに
2.長崎福建会館
3.長崎華商泰益号
4.開港場間交易ネットワーク
5.おわりに
第2章 長崎華僑と近代中国[陳東華]
1.はじめに
2.長崎華僑の誕生
3.華僑の職業と人口推移
4.三会所の成立
5.華僑貿易商の活躍
6.中国駐長崎領事館
7.長崎孔子廟
8.長崎時中小学校
9.長崎華商商務総会
10.日中戦争と華僑
11.おわりに
第3章 日本における三刀業の受容[許淑真]
1.はじめに
2.移動戦略となった三刀業
3.安政開港と外夷附属の中国人
4.条約改正・内地雑居と三刀業
5.日本社会における三刀業受容の実相
6.おわりに
第4章 九州華僑ネットワークの重層性[王維]
1.はじめに
2.長崎発祥の九州華僑――同郷・同業のネットワーク
3.強い紐帯の役割(その1)華僑が語る移住史から
4.強い紐帯の役割(その2)華僑の親戚,姻戚のネットワークの形成
5.地縁,業縁,神縁に基づく社会的ネットワーク――華僑の組織団体
6.華僑の土着化とローカルネットワーク――強い紐帯と弱い紐帯の活用
7.おわりに
第5章 海峡をはさむ華僑社会の活動の軌跡――北海道と南樺太、そして青森、秋田、岩手[小川正樹]
1.はじめに
2.北海道の華僑社会
3.樺太の華僑社会
4.北東北三県の華僑社会
5.おわりに
第二部 地域に根付く華僑文化
第6章 長崎華僑の食文化と伝統の継承[陳優継]
1.はじめに――福建省福清県から
2.海を越えて長崎に渡る
3.「四海樓」の創業
4.「ちゃんぽん」誕生
5.「皿うどん」の誕生
6.結球の「辻田白菜」
7.中国か長崎か……苛酷な選択
8.おわりに――伝統・文化の継承
第7章 華僑文化を活用した地域ブランドの創造――長崎と函館の事例を中心に[王維]
1.はじめに
2.長崎の場合
3.函館の場合
4.おわりに――グローカルな地域性と社会的ネットワーク
第8章 国際都市長崎に根付く華僑と華僑文化[曽士才]
1.はじめに
2.くんちと長崎華僑
3.普度勝会と長崎華僑
4.長崎の普度にみる伝統の継承と変貌
5.おわりに
第9章 函館中華山荘の墓守りを務めた関川家の物語――三代目関川健蔵の口述記録を中心に[曽士才]
1.はじめに
2.中華山荘の概略
3.関川家と中華山荘との関わり
4.関川健蔵の口述記録
謝辞[曽士才・王維]
索引
前書きなど
序章 日本華僑の歴史と文化[曽士才・王維]
(…前略…)
第一部 華僑の歴史とネットワークは5章から構成されている。第1章 長崎華商と東アジア交易ネットワークについて(廖赤陽)では,長崎華商泰益号の史料解読を通して,安政の開港以降における長崎華商の社会組織,経営形態とその市場ネットワークの実態を詳細に分析している。そして,華商は単に西洋商人の仲介商人としてではなく,自律性を持った存在であること,アジア域内において人的関係を基盤とする多角的で,広域的な交易ネットワークを築き上げてきたことを明らかにしている。
第2章 長崎華僑と近代中国(陳東華)では,「日本華僑のルーツ」と呼ばれる長崎においては,幕末開国後も鎖国時代に引き続き対中国貿易の比重が大きく,唐船貿易時代からの連続性が見られること,華僑学校,商務総会など華僑組織が清朝政府の主導のもとで設立されたり,国民党長崎支部が国民党中央の直属支部であるなど,近代以降,本国政府と直結していたことが長崎華僑の特徴であることを指摘している。
第3章 日本における三刀業の受容(許淑真)では,戦前における日本華僑の典型的な職業である三刀業(料理業,洋服仕立業,理髪業)について,1899年の内地雑居令の公布によって公認される以前,1860(万延元)年の長崎港湾規則によって,すでに日本において居住活動が法制的に受容されていたことを明らかにするとともに,中国国内において,伝統的に三刀業者は召使として,雇用主の国内移動に随伴していたものが,海外移住に際しても,同じく召使の形や出稼ぎの形で移動したという重要な指摘をしている。
日本では,東南アジアや北米の華人社会のように宗族的な結合の団体が見られず,同じ地域出身の華僑が作る互助組織の同郷会が中心であることは内田直作がすでに指摘しているところであるが,第4章 九州華僑ネットワークの重層性で王維は,九州の華僑社会では,姻戚関係による華僑ネットワークが存在することを実証的に示すとともに,華僑社会を地域社会との交流史の中で捉える必要があることを説いている。
第5章 海峡をはさむ華僑社会の活動の軌跡――北海道と南樺太,そして青森,秋田,岩手(小川正樹)は,北海道と樺太の華僑社会と,これまで言及されることのなかった青森,秋田,岩手の北東北三県の華僑社会の姿を明らかにしようとしている。研究がまだまだ少ない地域であるが,華僑社会に関する貴重な論考である。
第二部 地域に根付く華僑文化は4章から構成されている。第6章 長崎華僑の食文化と伝統の継承(陳優継)では,中華料理店「四海樓」の創業者であり,長崎名物「ちゃんぽん」「皿うどん」の考案者でもある陳平順が祖国と日本の戦いの狭間で華僑として生きてきた,その足跡と人となりを曽孫である分担執筆者が語っている。ちゃんぽん,皿うどんの誕生や長崎発祥の白菜やもやしに関する逸話は興味深い。
第7章 華僑文化を活用した地域ブランドの創造――長崎と函館の事例を中心に(王維)では,地域社会と協力しながら長崎ランタンフェスティバルが誕生し,発展してきたこと,函館のバーガーショップ「ラッキーピエロ」を事例に,華僑文化が現地化していく過程を紹介している。華僑文化を用い,地域の祭りや飲食文化を創成していくプロセスは華僑が現地化していくプロセスでもあるが,日本の周縁的な位置にある地域こそ外国文化を受容し,吸収してきた土壌があるとしている。
江戸時代から日中間の交流が続いてきた長崎において,長く定住する華僑の人たちは長崎人として受け入られており,地域の祭礼においても重要な役割を担うことがある。第8章 国際都市長崎に根付く華僑と華僑文化(曽士才)は,ある華僑の親子の事例を紹介している。また,日本の華僑文化を代表する盆行事が長崎の年中行事の一つとして位置づけられている様子も紹介されている。
第9章 函館中華山荘の墓守りを務めた関川家の物語――三代目関川健蔵の口述記録を中心に(曽士才)は,函館中華会館が管理する華僑墓地・中華山荘の歴史,規模,行事などの概要と,四代にわたり墓守りを務めてきた関川一家がどう関わってきたのかを語った,三代目関川健蔵の口述記録を掲載している。