目次
序章 EUによるリベラル国際秩序?[臼井陽一郎]
第1節 規範パワーへの意思
第2節 EUのグローバル戦略
第3節 集合的政治意思を支える制度
第4節 脱ペーパー・ヨーロッパの条件
第5節 本書があきらかにすること
第1章 規範的な政体としてのEUの歩み[武田健]
第1節 規範的な政体としてのEU
第2節 規範を重視し始めるきっかけ
第3節 政府間主義的な性格を残しながらの発展
第4節 法の支配の危機を契機とするさらなる発展の可能性
第5節 今後の行方
第2章 共通外交安全保障政策(CFSP)に対するEU司法裁判所(CJEU)の裁判管轄権拡大[吉本文]
第1節 CFSPの特殊性と裁判管轄権
第2節 判決理由の共通点
第3節 判決理由の正当化根拠
第3章 欧州逮捕状(EAW)――EU刑事司法協力の理念と現実[福海さやか]
第1節 EAWとは何か――EU的刑事司法協力モデル
第2節 EAWの運用と問題点
第3節 刑事司法協力のBrexitへの影響
第4節 EU刑事司法協力の理想と現実
第4章 欧州テロ対策をめぐるEU・CoE関係――テロ防止と基本権保障[大道寺隆也]
第1節 CoEテロ防止条約をめぐるEUとCoEの軋轢
第2節 標的制裁をめぐる法と政治
第3節 欧州テロ対策をめぐる二つの《溝》
第5章 EUの移民統合政策――域内でメインストリーミング、域外でパートナーと連携[小山晶子]
第1節 メインストリーミングを志向する移民統合政策
第2節 ガバナンスのツールとしての基金とモニタリング
第3節 域外パートナーを引き込んだ移民統合政策
第6章 ネオリベラリズムとデモクラシーの相克――EU・カナダ包括的経済貿易協定(CETA)におけるワロンの反乱[松尾秀哉]
第1節 EUの通商政策をめぐる規範政治
第2節 ベルギーとは
第3節 CETAのサーガ
第4節 EUの規範政治として
第5節 ネオリベラリズムか、それとも亀裂と分裂か
第7章 競争政策における規範パワーとしてのEU――変化と継続性[吉沢晃]
第1節 規範パワーの政治的・制度的基盤の強靭性を測る
第2節 競争政策におけるEU対外関係の発達
第3節 多国間協力――ルール作りから政策収斂へ
第4節 二国間協力――多様な形態の模索
第5節 規範パワーの政治的・制度的基盤の揺らぎ
第8章 EUと国際貿易規律改革――規範性から現実的な機能性へのシフト?[関根豪政]
第1節 EUの国際貿易規律改革のアプローチ
第2節 EU単独の国際貿易規律改革提案(コンセプト・ペーパー)
第3節 日米欧三極貿易大臣会合において示された国際貿易規律改革提案
第4節 EU・中国間のWTO改革提案
第5節 EUの貿易規律関連提案に透けるEUの狙いと限界
第6節 EUの国際貿易規律の改革提案の行方
第9章 「ヨーロッパの東」におけるEU規範――リベラルな秩序の変容と中国の台頭[東野篤子]
第1節 問題の所在
第2節 1990年代から2000年代――EUの規範パワーの「成功例」?
第3節 「ヨーロッパの東」への中国の進出――EUの懸念と規範
第4節 中国をめぐるEU規範――現状と持続性、戦略形成とイシュー
第5節 リベラルな秩序の変容とEU規範の行方
第10章 対中関係に見る規範パワーEU[小林正英]
第1節 勃興する大国と対峙する規範パワーEU
第2節 ケースとしてのEU・中国関係
第3節 EUと中国の規範的一致と不一致
補論 Brexitの政治とEUの規範[臼井陽一郎]
第1節 主権の政治化――Brexit政治の構図
第2節 北アイルランドとEU
第3節 主権の非政治化――EUの制度特性
第4節 主権の政治化がもたらすもの
おわりに[臼井陽一郎]
参考文献
索引
前書きなど
序章 EUによるリベラル国際秩序?[臼井陽一郎]
(…前略…)
第5節 本書があきらかにすること
EUは規範パワーとして存在すべきだとする加盟国間の集合的政治意思は、持続可能であろうか。本書各章はこの問いを共有する。それぞれの事例、それぞれのアプローチでこの問いに迫る、独立の論攷を収めた論文集が本書である。四つの制度特性は各章を本書の共通テーマに即して読み解くひとつの概念枠組みにすぎない。その案内も兼ねて、上述の四つの制度特性からみた各章の視点を概観しておこう。全体は10章構成、そこにこの序章と補論が加わる。補論ではBrexitを取り上げた。規範のEUが直面するさまざまなチャレンジを描き出したのが本書である。
まず第1章「規範的な政体としてのEUの歩み」では、域内でリーガリゼーションを進めるEUの強靱性とそのゆらぎが活写される。EUと欧州人権条約の関係を事例としたシンクロナイゼーションの進展にも注意が引かれている。
次に第2章「CFSPに対するCJEUの裁判管轄権拡大」では、政府間主義に基づいて実施される共通外交安全保障政策(CFSP)分野において、リーガリゼーションが進展した事例が示される。そこには、平等原則を手引きにCFSPにおけるEU司法裁判所(CJEU)の管轄権を認めていこうとする政治の司法化の動きを見いだすことができる。
続いて第3章「EAW――EU刑事司法協力の理念と現実」では、欧州逮捕状(EAW)を事例に刑事司法協力で進むリーガリゼーションの問題が剔出される。ユーロリーガリズムの繁殖力を確認できる一方で、EAWが人権規範を毀損しかねない状況にも注意がうながされる。
以上の、主としてEU域内の制度実行に重点を置いた三つの章に対して、それ以降の章では議論の重心が域外関係に傾いていく。
第4章「欧州テロ対策をめぐるEU・CoE関係――テロ防止と基本権保障」では、テロリズム対策と人権規範という難しい課題を事例に、EUと欧州審議会(CoE)の関係が取り上げられ、両者のズレに注意が引かれる。人権規範の域内外シンクロナイゼーションがEUとCoEの間で必ずしもスムーズに進まない事例は重要だ。
次に第5章「EUの移民統合政策――域内でメインストリーミング、域外でパートナーと連携」では、EUの補助金の運用のあり方に注目することによって、移民・難民の域内社会統合を目指すEUならではの取り組みに光があてられる。それが人権規範のメインストリーミングと多様な主体によるマルチレベルガバナンスであるが、この場合は母国への帰還や第三国への移動をうながす取り組みでもあることに注意したい。
続く第6章「ネオリベラリズムとデモクラシーの相克――CETAにおけるワロンの反乱」では、加盟国内自治政府がEUの貿易協定に反旗を翻した事例を扱う。EUとカナダの自由貿易協定にベルギー自治政府ワロンが反対し、批准が滞った事例だ。ここにマルチレベル・ガバナンスのネガティブな実践例が見いだされるとともに、CETAが社会と環境という二つの規範を損なってしまうとするワロンの反論にアンダーラインが引かれる。
第7章「競争政策における規範パワーとしてのEU――変化と継続性」では、EUの排他的権限領域にある競争政策の域外適用を事例に、EUの挫折としぶとさが対照的に描き出される。WTOにEUの競争法を移植しようとする野心が失敗したあと、ハードローよりソフトローに軸足を置き、包括的アプローチを諦める傾向が強くなっていった反面、マルチラテラリズムやEU基準のグローバル化については、いぜんとしてEUのこだわりがみられる。
第8章「EUと国際貿易規律改革――規範性から現実的な機能性へのシフト?」では、そのWTOの問題が俎上にあげられた。EUのWTO改革案が詳細に検討され、中国およびアメリカとの是々非々の協調と対抗が見事に描き出だされる。この事例には、EUのマルチラテラリズムからの後退と、弱含みのリーガリゼーションを、ともに読み込むことができる。
第9章「「ヨーロッパの東」におけるEU規範――リベラルな秩序の変容と中国の台頭」では、中国の挑戦にさらされたEUの、その規範志向性のゆらぎが捕捉される。EUが東方拡大と近隣諸国政策を通じて進めてきた自らの規範適用エリア拡張は、中国の16+1(もしくは17+1)の枠組みに直面するが、その難しい状況が微細な筆致で描き出される。域内外で規範を一致させようとするEUのシンクロナイゼーションが対中関係により損なわれてしまう局面の析出は重要だ。
第10章「対中関係に見る規範パワーEU」では、その中国とEUの関係が南シナ海と中東・北アフリカで検証される。前者では国連海洋法条約(UNCLOS)を重視するEUのリーガリゼーションの傾向が中国と衝突するものの、後者のソマリア沖海賊対策ではEUと中国の協力進展もみられる。EUの国連中心のマルチラテラリズム志向が時に中国と対立し、時に補完し合う微妙な二面性が実にクリアに示されている。
最後に補論「Brexitの政治とEUの規範」では、Brexitの政治を主権の政治化(politicization)という視角から読み解き、非合理な国家アイデンティティの主張が全面に出てしまった状況に直面するEUの規範政治の有りさまを、北アイルランドの共生システムとの類似性という点から検討した。主権を政治化させない仕組みであったはずのEUの制度特性を、Brexitの敗北という点からあらためて確認したのが、この補論であった。
(…後略…)